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2026年2月25日 (水)

「J」まつりだヨ、全員集合

かすてら音楽夜話Vol.222

人名がタイトルに入る曲、今回は「I」をスルー(見つけられず)しまして、「J」でございます。

「J」はかなりたくさんありまして、すべては無理ですので、ワタクシの好むところを中心に紹介していきます。

まずは、洋楽から。

James Dean/Eagles

 

Eagles(イーグルス)のサードアルバム、『On The Border』からのシングルカット、「James Dean」(ジェームス・ディーン、1974年)でございます。

作者は、Don Henley(ドン・ヘンリー)、Glenn Frey(グレン・フライ)、J.D. Souther(J.D.サウザー)、Jackson Browne(ジャクソン・ブラウン)となっています。のちにヘンリーが語ったところでは、ほとんどの部分を作ったのは、ジャクソン・ブラウンだとのことです。

リードヴォーカルはフライ。この時のラインナップですが、初期メンバー、フライ、ヘンリー、Bernie Leadon(バーニー・レドン)、Randy Meisnor(ランディ・マイズナー)のみ。ギターのDon Felder(ドン・フェルダー)はこのアルバムからメンバーに加わっていますが、この曲には参加しておりません。ギターソロはレドンになります。

ジェームス・ディーン、「エデンの東」、「理由なき反抗」、「ジャイアンツ」の主演俳優で、自動車事故でわずか24歳で亡くなっていますね。もちろん、タイトル通り、彼のことを歌っている曲です。歌詞に「生きるには早すぎ、死ぬには若すぎ」というものがありますが、まさにその通り。

当時ジェームス・ディーンが生きていたとしても、43歳ですからね。彼より年長の、「キャラハン刑事」は現在も存命でバリバリやってますし。

ところで、ジェームス・ディーンの映画ですが、存命中に公開されたのは「エデンの東」だけで、「理由なき反抗」も「ジャイアンツ」も没後に公開されたものです。日本などではこれらすべてが没後に公開されたとのことです。

こうもなりますと、ジェームス・ディーンは反抗する若者、怒れる若者のアイコンと化し、その後も数十年にわたってヤングジェネレーションの象徴になっていくのでした。

てなことで、この曲はBillborad Hot 100(ビルボードのシングルチャート)の77位というマイナーヒットになっております。それでも、イーグルスの公式チャンネルではライヴヴァージョンも上がっています(音声のみ)。その他にも、テレビショーや様々な会場でのライブもありますね。いずれも、音声のみですが、ほぼ原曲に忠実で、さすがのクオリティです。

また、違法アップロード版も。こちら、ドン・フェルダーも参加し、全員がサングラスをかけているというもの。ジェームス・ディーンに扮しているんでしょうか。レドンとフェルダーの共演というのもレアです。ただ、音声は原曲を使っているみたいですね。

さて、リンクは付けませんが、日本でもジェームス・ディーンの影響は強く、横浜銀蝿のJohnny氏が「ジェームス・ディーンのように」という曲でソロデビューしてますね。作詞作曲はご本人です。結構売れていて、オリコン週間チャートでは3位、年間チャートでは16位(1982年)だったそうです。

Jolene/Olivia Newton-John

 

日本で1970年代に一大ブームを起こしたOlivia Newton-John(オリビア・ニュートンージョン)のヒット曲、「Jolene」(ジョリーン)です。

とはいえ、この曲がシングルカットされたのは日本とオーストラリアのみで、オリコン週間チャート11位(洋楽チャートではなく、総合チャートというのはある意味かなり売れた)、オーストラリアで29位です。

もともとは、1976年のアルバム『Come On Over』(邦題『水のなかの妖精』、ビルボードHot 200で13位)のオープニングナンバーです。アメリカ・イギリスではシングルカットされておりません。

それ以前の1974~1975年にかけてアルバムが2連続の1位、シングル「I Honestly Love You」、「Have You Never Been Melow」(邦題「そよ風の誘惑」)がやはり連続の1位、「Please Mr. Please」が3位というブレイクを果たしたものの、それ以降は徐々に低迷期に入っていた頃なんですが、日本では絶大的に人気があったんですね。

ま、オリビアは曲を作らない生粋のシンガーでしたので、いかにいい曲に巡り合えるかが課題でもあったわけですが。と、いうことで、この曲を書いたのはこの人です。

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Dolly Parton(ドリー・パートン)なのでした。御年、めでたく80歳を迎えました。キャリアが長く、10歳で子役デビュー、13歳でレコーディングを行い、最初はカントリー畑で活躍していましたが、この「ジョリーン」(1973年)で初のHot 100チャートイン(60位)を果たします。

その後、1980年の映画「9 To 5」のサウンドトラックの表題曲が1位を獲得した人です。カントリーチャートでもあまたの1位を取っていて、「ジョリーン」もそのうちのひとつ。

 

てなことで、ドリー・パートン、ただの「パイオツカイデー」なオバサンじゃないんですよ。

おそらくですが、アメリカ人が想う「ジョリーン」といえば、オリビアじゃなくて、ドリー・パートンなんだろうと思います。

Hey Jude/The Beatles

 

もうこれは、説明いらずでしょう。

The Beatles(ビートルズ)「Hey Jude」です。1968年の英米チャート1位、年間チャート1位。週間チャートで1位を取れなかったのは日本(5位)とフランス(2位)だけというとんでもない曲ですね。

この頃、John Lennon(ジョン・レノン)はオノ・ヨーコと交際を始め、前妻と別居を始めます。そこで、Paul McCartney(ポール・マッカートニー)がジョンの長男、Julian(ジュリアン・レノン)を慰めるために書いた曲です。ま、ライターはあくまでもレノン-マッカートニー名義なんすけど。

映像はビートルズの公式チャンネルにあるものですが、レアものですね。ライヴであり、ベースのパートは入ってないです。なんとも長く、曲の始まりは50秒ほど経ってからです。終わりも果てしないですよね。この長さ、「Hotel California」や「All By Myself」に匹敵するんじゃないすかね。

もう、「J」から始まる人名って英語圏では多いですよね。ビートルズにも「Julia」という曲がありますし。Boz Scaggs(ボズ・スキャッグス)「Jojo」(ジョジョ)も。

スペイン語の人名になると、Paul Simon「Me And Julio Down By Schoolyard」(邦題「僕とフリオと校庭で」1972年)というスマッシュヒットがありますね。こちらは、ビルボード22位でした。

◆◆◆

Johnny Blue/RCサクセション

 

RCサクセションの1981年のアルバム『Blue』収録曲、「Johnny Blue」です。オリコン、アルバムチャートで12位ですが、シングルカットされた曲はありません。

作者は忌野清志郎・仲井戸麗市なんですが、もともとは古井戸「飲んだくれジョニー」(作詞作曲:仲井戸麗市、1975年)を発展させたものです。

 

だいぶ雰囲気が変わりますね。ちなみに、古井戸盤は加奈崎芳太郎がヴォーカルを担当してます。

『Blue』というアルバムはシングルカットされた曲が全くないのですが、ライヴでの定番、「ロックン・ロール・ショー」「ガ・ガ・ガ・ガ・ガ」や、ファンの間で聖地化された「多摩蘭坂」、CMに転用された「あの娘のレター」(歌詞のみ、メロディは「あの夏のGoGo」)がサントリーのCMで使用されたという、内容の濃いアルバムです。

ジョニーって、日本でもけっこう曲になっているんですね。次もそうです。

まぬけなJohnny/エレファントカシマシ

 

エレファントカシマシの2008年のアルバム『Starting Over』収録曲、「まぬけなJohnny」です。もちろん作者は宮本浩次で、アレンジがYANAGIMANとエレファントカシマシになります。

自虐ソングですね。ですが、宮本氏の人間性を鑑みると、実体験に基づく曲ではないと思われます。

しかしきっかけとなったと思われる、エピソードがひとつあります。それは、金銭管理を任せていた人物に財産を持ち逃げされた経験からでしょうか。マンションを引き払い、ポルシェ2台を処分したそうで。喪失感は相当なものだったと思いますね。

ちなみに、翌年のアルバム『昇れる太陽』ではその続編なのか「ジョニーの彷徨」という曲もありますね。

この曲を含むアルバム『Starting Over』ですが、シングル「俺たちの明日」、「笑顔の未来に」の他、珠玉の作品がこれでもかと続きます。すでに40代に入っていたエレカシの4人ですが、まだ円熟とはいわせないような尖った部分を見せるアルバムで、個人的にイチオシのアルバムです。

また、アリス「ジョニーの子守唄」(1976年、オリコン6位)という曲がありこの次の「チャンピオン」でオリコン1位をついに獲得しました。このあたりが、アリスのピークでしたね。

他にはめっちゃ古いけど「硝子のジョニー」(アイ・ジョージ)なんてのも。

内気なジュリエット/杉真理

 

杉真理の1983年のシングル、「内気なジュリエット」です。チャート不明ですが、とあるサイトでは88位とありました。

1982年の企画、Niagara Triangle Vol.2がらみなんでしょうが、コーラスは佐野元春が担当してます。

杉さん、アルバムでも『Sabrina』というタイトルのものがあり(オードリー・ヘップバーン主演映画「麗しのサブリナ」からと思われます)、わりと英語の人名関連が多いような。

杉さんは大ブレイクはしてないんですが、個人的には日本のポップス(シティポップではなく)のど真ん中、ポップスの基準になるような位置にあるヒトと思っています。「ポップス歌わせたら、やっぱり杉真理だよ」みたいな。そういった意味では、ベタな英語の名前でもてらいなく、どこかしっくりきます。

また、佐野元春にも「Juju」というシングル「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」(オリコン30位)のカップリングがありました。まさか、その後、「Juju」を名乗るシンガーが現れるとは。

ちなみに、YouTubeには杉さんのチャンネルがなく、今回アップしたものはいつ削除されてもおかしくありませんので、その点よろしくです。

女性名では「ジュリア」なんてのも邦楽ではいくつかありますね。

いや、まあ、今回はたくさんありすぎて大豊作でした。

<2026-02-26:追記と訂正を行いました>

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2026年2月 8日 (日)

ふたりのオタクが作った「H」から始まる人名の入る曲

かすてら音楽夜話Vol.221

久々、この企画やります。アルファベット順だと今回は"H"になります。

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◆◆◆

The Diary Of Horace Wimp/Electric Light Orchestra

 

この曲は知っておりました。1979年リリースのElectric Light Orchestra(エレクトリック・ライト・オーケストラ、のちにELOと名乗る)8枚目のアルバム『Discovery』に収録された、「Diary Of Horace Wimp」(邦題「ホレスの日記」)という曲で、同アルバムからの2曲目のシングルです。

チャート成績は、全英8位。アメリカではシングル未発売あるいはチャートインせず。

ここに登場する「Horace」さんですが、弱虫(「Wimp」)な男性ですね。そのホレスさんの1週間を日記形式で語られていくという内容ですが、一応はラブソングに入るんでしょうねえ。

ELOは1972年から1986年までの間に最もビルボードTop40内にヒット曲を送り込んだことで、ギネス認定されているそうです。アルバム『Discovery』からも「Shine A Little Love」(英6位、米8位)、「Don't Bring Me Down」(英3位、米4位)、「Confusion」(英8位、米37位)、「Last Train To London」(イギリスでは「Confusion」との両A面、米39位)とシングルヒットを送り込みました。とはいえ、英米ともシングルでは1位を獲得しておりません。

ただ、「Diary Of Horace Wimp」以外の曲は、ディスコサウンドの影響を受けているともいわれています。アルバムタイトル『Discovery』も冗談でしょうが、メンバーが"Very disco."とコメントしたとかしないとか。

ELOはロックにクラシックの要素を取り込み、そのためにかつてはストリングスのメンバーも在籍していたほどのバンドです。つまりはメインストリームのロックバンドというより、ちょっと変わった、癖のある、従来のロックに飽き足りたファン向けのようなバンドでした。それも、ELOのリーダーでヴォーカリストのJeff Lynn(ジェフ・リン)のオタク傾向が徐々に花開いたものともいえましょう。

アルバム『Discovery』の前作あたりから、徐々にヒットが生まれ始め、いよいよ、商業路線に乗っかるかというような時期だったんでしょうねえ。この後、ELOはOlivia Newton-John(オリビア・ニュートン-ジョン)が主演するミュージカル映画「Xanadu」(ザナドゥ)のサウンドトラックに参加し、ポップの王道を歩んでいくことになりますが、あまりにもジェフ・リンひとりの動向に偏りがちで、バンドは解散してしまいます。

なんたって、曲作りからリードヴォーカル、ライヴでの前面に出るギターを担当していましたから。リンさん、解散後はソロを経て、覆面バンドTraveling Wilburys(トラベリング ウィルベリーズ)に参加し、2014年からはJeff Lynn's ELOを立ち上げております。

◆◆◆

Hollyann/Boston

 

さて、こちらはBoston(ボストン)の3作目のアルバム、『Third Stage』収録の「Hollyann」(ホリーアン)という曲です。

メロディアスなアコースティックギターが印象的な曲ですが、ボストンはテクニカルなプログレ系ロックバンドともいえ、重厚なギターサウンドのほうが有名です。

ですが、このバンドはリーダーでもあるTom Scholz(トム・ショルツ)がひとりで作り上げてきたプロジェクトともいえます。ショルツはマサチューセッツ工科大学出身のエンジニアで、ポラロイド社に努める傍ら、宅録で曲を作り始め、各社にデモテープを送り続けていたオタクでもありました。

ヴォーカリストBrad Delp(ブラッド・デルプ)だけはショルツが目をつけてスカウトしてきたようですが、ほかのメンバーはデビューに当たってライヴ活動をする必要があって、急遽集められたともいわれています。宅録のクオリティがすごすぎて、契約したレコード会社(Epic)も騙されるほどの出来でした。

デビューアルバム『Boston』がビルボード3位、2作目『Don't Look Back』が1位。ただし、この後レコード会社とのトラブルで8年もの間沈黙を貫くこととなります。アルバム『Third Stage』も1位となり、シングルカットされた「Amanda」(これも女性の名前が付いた曲です)が唯一の1位になりますが。

どうやら、「Amanda」と「Hollyann」は対になった曲ともいわれています。あまり深い意味はないと思いますが。

オタクでありながら、ボストンというバンドの形態になるとオタクの兆候を一切見せないショルツという人もある意味プロですねえ。

ま、日本で当てはめてみれば、大瀧詠一も山下達郎も立派なオタクですよね。夏のビーチのことをテーマにしていても、本人はそういうところに一切興味がなさそうだし。ちなみに、ユーミンはそういったシーズンスポーツやリゾートにも実体験があるので、オタクではないですね。

★★★

つうことで、"H"はたったの2曲です。また、予告しておきますと、"I"から始まる人名で曲になったものはどうやら、なさそうですので、欠番とさせていただきます。その分、"J"はめっちゃ多いです。日本の曲でもありそうです。

てなことで、お詫びではありませんが、レア曲を見つけましたので、お聴きください。

 

あの「サンデーモーニング」のスポーツ担当、唐橋ユミさんの「失くさないで、忘れないで」でした。こちら、「喝」なのか「あっぱれ」なのか。

唐橋さんというのもレア。ちなみに、この方、会津ほまれブランドの「ほまれ酒造」がご実家です。

そして、作者は作詞:売野雅勇/作曲:林哲司/編曲:船山基紀というラインナップでした。ちなみに、林哲司大先生、現在も菊池桃子などに曲提供してますね。

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