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2026年4月17日 (金)

カップ麺のCMソング

かすてら音楽夜話Vol.225

先日、横浜みなとみらい地区にある「カップヌードルミュージアム」に行ってまいりました。まあ、いろいろとオモロイ展示物がありましたが、個人的には歴代CMソングというものにノータッチであったということが残念です。

ちなみに、関西、大阪の池田にもカップヌードルミュージアムがあり、横浜よりは規模が小さくなるようですが、CM曲が流れるんだとか。でも、ネット情報なので、真偽のほどは不明。

じゃあ、わしがちょっと取り上げてみようかというのが、今回のコンセプトです。

では、行ってみましょう。

◆◆◆

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浜省、痛恨の闇に葬りたい曲

 

浜田省吾「風を感じて」(1979年)でした。

浜田省吾の初のオリコンシングルチャート入り(25位)のシングルになります。そして、初めての…というかそれ以降CMタイアップが一切なく、生涯唯一のタイアップ作品になります。

浜省の名誉にかけて補足しますと、それまでにアルバムチャートではランクインしております。そして、ドラマのタイアップはありまして、1992年のドラマ、「愛という名のもとに」の主題歌として「悲しみは雪のように」を再録したものが、生涯唯一のオリコンシングル1位を獲得しております。

そんな、初のチャートインした曲をなぜに闇に葬りたいのかといいますと…。

公式には作者クレジットは、作詞:三浦徳子(みうら・よしこ)となっています。作曲はもちろん、浜田省吾で、シングル盤のアレンジは水谷公生です。

それまでにも、浜田のもとにはCM曲の依頼がいくつか来ていたらしいですが、いずれも没になり嫌気がさしていたそうです。また、日清食品のタイアップということで、日清食品がスポンサーをつとめる音楽番組に出演するという規約があったそうで、それが一番辛かったとのこと。そんな経緯から浜田は2001年のNHKの番組に出演するまで一切テレビには出ませんでした。

そうしたことから、この曲の歌詞を書くのを拒否していて、そこで三浦さんの出番となったようです。それでも、三浦さんの歌詞には浜田による手直しが入っているのだとか。

また、1979年は2枚のアルバムをリリースした年で、かなり本人はきつかったようです。ちなみに、「風を感じて」は『君が人生の時…』というアルバムに収録されていますが、その前作『Mind Screen』では浜田本人が歌詞を書けなくなるというイップスのような症状に陥り、職業作詞家と組んで書かれたものが収録されています。その中で三浦さんとも1曲組んでますね。

ともかく、この時代以前はギター1本抱えてライヴを積み重ねていった時期で、長い下積み期間であったといえましょう。そんな中で初めてといっていいヒットが生まれたものの、この時代のことは「なかったことにしたい」と自虐的に語っているくらいです。それでも、現在までSONY所属のままであり、廃盤が一切なく、CDショップで見つけるのは難しいでしょうが、浜田のコンサートでは必ず全アルバムが販売されております。

幸い、YouTubeにも、ショートではありますが、本人のチャンネルでこうして発信されているわけですし、ライヴヴァージョンのシングル(オリコン45位)ものちに発売されているのですから、なんだかんだいってこの曲も大事にされているんじゃないすかね。曲も、聴けば浜田省吾のメロディだなということがよくわかりますし。

余談ですが、ブレイク前の浜田は同じプロダクション(ホリプロ)所属の歌手に曲を提供することで食いつないでいたことがあります。むしろ、消したいのはそのあたりのものではないでしょうかね。山口百恵に和田アキ子、極めつけは日本一音程が取れなかったともいわれる能瀬恵子に提供した4曲で、このあたりをセルフカバーで聴いてみたいというのはワタクシだけではないと思いますが。

カップヌードルとのタイアップ曲は、他にもハウンドドッグ「ff(フォルテシモ)」や大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」などなど、あるようですが、どうもCMで聴いた記憶がありません。

◆◆◆

覆面バンドでオリコン2位

 

2曲目は、The Timers(ザ・タイマーズ)「デイドリーム・ビリーバー」です。

アメリカのバンドThe Monkeys(モンキーズ)の1967年リリースのシングルのカバー曲になります。ちなみに、モンキーズのオリジナルはビルボード、キャッシュボックスともに1位を獲得してます。

ザ・タイマーズは覆面バンドで、公式的にはリードヴォーカルがZerryが忌野清志郎に似た人物などとされてますが、忌野自身であることはすでに明らかです。バンド結成の経緯は、RCサクセションのカバーアルバム、『Covers』が所属の東芝EMIから発売中止になったことが発端ですね。

東芝は原子力発電を手掛けるメーカーで、『Covers』収録の「Love Me Tender」が反原発を思わせる内容だったため、発売中止になったと思われます。同アルバムは古巣である、Kittyからリリースされましたが、ラジオのFM東京(現在はTokyo FM)がオンエアを自粛したため、ザ・タイマーズを結成しゲリラライヴを行ったり、フジテレビでオンエア中にFM東京を批判するなど、物議をかもしました。とはいえ、ザ・タイマーズも東芝EMI所属ではあったんですけど。

そういう動きを見せながらも、デビューシングル、「デイドリーム・ビリーバー」はエースコックの「スーパーカップ」とのタイアップを行い、オリコン2位となりました。

過激な演出をされながらも裏ではみんなが支えあっていた、いい時代だったのかもしれません。余談になりますが、同じような時代、現首相と蓮舫氏が同じテレビ番組に出演していたんですよね。そんなもの?多分違うけど。

なお、ザ・タイマーズ消滅以降もサントリーやセブンイレブンのCM曲として「デイドリーム・ビリーバー」は使われております。

◆◆◆

とか何とかいっても、耳に残るのはこれなんでは?

 

と、いうことで、懐かしの石立鉄男ヴァージョンでお送りしました。エースコック、わかめラーメンでございます。

現在でも柳沢慎吾ヴァージョン、ゆうちゃみヴァージョンが流れています。曲は同じですが、シンガーはちょっと違うような気がします。

作者は誰かwikiでも記載がなかったので、AIに頼ると、小杉保夫という名前が出てきました。主に、CMやアニメ関係の曲を担当しているようです。

でも、わたしゃ、このお名前に心当たりがありまして、それは、松原みき「倖せにボンソワール」という曲の作曲を担当されていたからです。こちらの作詞はまたまたの三浦徳子さん。また、郷ひろみ「お嫁サンバ」も三浦さんと組んでヒットを飛ばしてますね。そのほか、小松政夫の「しらけ鳥音頭」なども手掛けております。

「わかめラーメン」の作詞については不明ですが、広告会社のコピーライターあたりかと。この短い曲、印税契約していたらものすごい収入になっていたであろうと思いますが、1曲いくらというものだったんじゃないすかね。

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2026年4月 4日 (土)

洋楽少な目、邦楽多めな「K」

かすてら音楽夜話Vol.224

タイトルに人名が入る曲をアルファベット順に紹介する企画をやってます。"I"が見つからなかったので、今回の"K"で10回目。終わりの"X"までまだ15回もありますねえ。欠番もありそうですけど。

てなことで、始めたいと思います。

洋楽編

Culture Club

 

1983年リリースのCulture Club(カルチャークラブ)の「Karma Chameleon」(邦題「カーマは気まぐれ」)でした。カルチャークラブはイギリスのバンドです。

彼らの唯一の全米1位(Billboard Hot 100)獲得曲(1984年)ですが、全英1位獲得曲でもあります。それだけでなく、20か国で1位になったという、世界的ヒットですね。

曲はヴォーカルのBoy George(ボーイ・ジョージ、芸名)が中心となり、メンバーでアイデアを出し合い、完成させたものだったようです。当初のタイトル(人名)は「カーマ」ではなく、「カメオ(Cameo)」になる予定だったそうですが。

そうなると、サビの「カーマ」の繰り返しができないことになりますが。

また、この曲に限らず、ボーイ・ジョージ自体が、性別あいまいな雰囲気を打ち出していましたが、わかる人にはわかりますね。ゲイであるということが。これに影響を受けたわけでもありませんが、SHAZNAのヴォーカルIZAM氏も女装で歌っていましたが。ま、もっともSHAZNAがブレイクしたのは1997年とずっと後のことで、こういうスタイルもだいぶ認知されてきたころだったと思います。

あちらの業界、セクシャリティに関してはかなり昔から怪しげな人はいましたが、やはり時代なのか表立って公表するという人はいなかったはずです。あの、Freddie Mercury(フレディ・マーキュリー)でさえ、存命中はひた隠しにしていたほどですから。さらにはBay City Rollersのヴォーカル、Leslie McKeown(レスリー・マッコーエン)も同様です。

そんなところを打ち破って、ボーイ・ジョージは自らのルックスとファッションで堂々と現れたわけです。

ま、「カマ、カマ、カマ、カマ~」と続くサビ、子供にも印象的だったようですが、もっと年齢が上がると「オカ〇はオメーだろ」と内心思っていたことでしょう。時代ですねえ。現在は思っていても口に出せませんがね。

その他、Simon & Gurfunkelに「Kathy's Song」という曲があるようですが、詳しく知らないので、パスいたします。

★★★

邦楽編

意外と見つかるのが、邦楽だったりします。

それこそ、演歌からJ Popまで。

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門あさ美

 

人前でライヴをやったことのない、門あさ美。二度目の登場です。

こちらの「Mr. K」(作詞作曲:門あさ美/編曲:大村雅朗)は1980年リリースのセカンドアルバム『Sachet』(サシェイ、フランス語で手提げかばんみたいな意味)に収録された曲になりますが、シングルカットはされておりません。

彼女、実に謎に満ちた人物で、ライヴはやらない、メディアに名ほとんど登場しないため、プライベートなことはほとんどわかっておりません。

同時に、プロモーションも行わないのですが、アルバムセールスは非常に好調で、『Sachet』はオリコン(アルバムチャート)で16位にランクしてます。

この時代、すでにニューミュージック(当時の造語)勢の勢いは下火になり、アイドルが逆襲を始めた頃と重なります。その後も、職業作家ではない大瀧詠一、財津和夫、井上陽水、ユーミン(呉田軽穂)までもがアイドル勢に曲を提供するようになりました。それにもかかわらず、門あさ美のアルバムは1985年の7枚目のアルバムまで10位前後にランクされたのですから、上質で洗練された大人のポップス(レーベルなどでは「ファッションミュージック」などと称しておりました)を書いて自ら歌う人として安定した人気がありました。

さて、この「ミスターK」なる人物、桑名正博であるとか、いくつか説はあるようですが、桑田佳祐であるというのが本命のようです。とはいえ、桑田氏と門あさ美、1955年生まれの同学年なんですがね。

もちろん、メディアに出ない門あさ美ですから、二人の接点はゼロでしょうね。想像上で書いた曲ですね。個人的には曲の内容と桑田氏の本質があまり合致しないような気もしますが。

門あさ美という人、メディアには出ないのに、なぜか写真集を出したことがあるんですね。これは、個人的な妄想ですが、門あさ美という人物は実在したのかどうかなんて考えてしまいます。数少ないテレビ出演では、やっぱりライヴ的なものはなく、本人が映し出されていても、曲はレコードの音源だったりしました。

何がいいたいかというと、曲作りはAという人物。レコーディング(ヴォーカル)はBという人物。ビジュアルはCという人物。…なんてね。

BUZZ

 

BUZZ(バズ)の「ケンとメリー~愛と風のように」でした。

どこかで聴いたことのある曲です。特にかなりのご年配の人にはおなじみの曲。

日産スカイライン(4代目)のCMソングになります。1972年リリースのこの曲、BUZZのデビューシングルで、オリコン(週間シングルチャート)で19位にランクインしました。

4代目スカイライン、通称「ケンとメリーのスカイライン」「ケンメリ」などといわれます。3代目スカイラインにラインナップされていた「GT-R」モデルが生産されず、暴走族の改造車が多かったというクルマでもありますが。

シングルとしては19位に終わりましたが、4代目スカイライン自体は1977年まで販売されていましたので、CM効果もあって印税も相当なものだったのではないかと思われます。でも、新人でしたから、1曲いくらでの契約だったのではないかと。

BUZZは小出博志(のちに佐伯博志名義での活動歴もあり)と東郷冒和のデュオになります。どちらが、メインヴォーカルなのかは不明ですが。BUZZとしての活動は1982年までで、2007年に活動を再開し、2015年にファイナルコンサートを開催しました。

1980年代にはコーラスなどで吉田拓郎、松任谷由実、松田聖子をサポートしました。松原みきにも「私は戻れない」と「ニートな午後3時」(いずれもアルバム『-Cupid-』収録)でコーラスを担当しています。

この曲のクレジットは作詞:山中弘光・高橋信之/作曲:高橋信之/編曲:高橋信之となっています。高橋信之という人物ですが、あの高橋幸宏の兄で、小出・東郷ともに高橋信之と関りがありました。

小出は高橋のバンドに参加したことがありました。東郷は高橋幸宏と立教中学で同級生でバンドを組んだこともあり、のちに東郷の姉と結婚してます。

そのような縁で高橋信之が二人をプロデュースし、BUZZを結成し、いきなりCM曲を担当することになりました。

曲調がNeil Young(ニール・ヤング)の「Heart Of Gold」(邦題「孤独の旅路」全米1位、1972年1月リリース)そっくりなんですが、ちょっとしたアイデアのいただきでしょうか。

もっと、似ているのが、山崎まさよしのカバー。

 

2007年の山崎のカバーアルバム『Cover All Ho!』に収録されています。クセ強め。

サザンオールスターズ

 

サザンオールスターズの1982年のアルバム『Nude Man』収録のオープニングナンバー、「DJコービーの伝説」でした。

これを入れるかどうか、悩んだところですが、DJコービーとは小林克也のことだとのことで、”K”に決定です。

サザンについても、あまり詳しくないので、詳細は省かせていただきます。曲の感じはいいすね。

★★★

この他、演歌では藤圭子「圭子の夢は夜開く」(オリコン1位)などもありますが。

予告通り、4月に記事を上げることができましたです。今月なんとかもうひとつ記事を書ければいいですが。コメントもお待ちしています。

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