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2026年4月 4日 (土)

洋楽少な目、邦楽多めな「K」

かすてら音楽夜話Vol.224

タイトルに人名が入る曲をアルファベット順に紹介する企画をやってます。"I"が見つからなかったので、今回の"K"で10回目。終わりの"X"までまだ15回もありますねえ。欠番もありそうですけど。

てなことで、始めたいと思います。

洋楽編

Culture Club

 

1983年リリースのCulture Club(カルチャークラブ)の「Karma Chameleon」(邦題「カーマは気まぐれ」)でした。カルチャークラブはイギリスのバンドです。

彼らの唯一の全米1位(Billboard Hot 100)獲得曲(1984年)ですが、全英1位獲得曲でもあります。それだけでなく、20か国で1位になったという、世界的ヒットですね。

曲はヴォーカルのBoy George(ボーイ・ジョージ、芸名)が中心となり、メンバーでアイデアを出し合い、完成させたものだったようです。当初のタイトル(人名)は「カーマ」ではなく、「カメオ(Cameo)」になる予定だったそうですが。

そうなると、サビの「カーマ」の繰り返しができないことになりますが。

また、この曲に限らず、ボーイ・ジョージ自体が、性別あいまいな雰囲気を打ち出していましたが、わかる人にはわかりますね。ゲイであるということが。これに影響を受けたわけでもありませんが、SHAZNAのヴォーカルIZAM氏も女装で歌っていましたが。ま、もっともSHAZNAがブレイクしたのは1997年とずっと後のことで、こういうスタイルもだいぶ認知されてきたころだったと思います。

あちらの業界、セクシャリティに関してはかなり昔から怪しげな人はいましたが、やはり時代なのか表立って公表するという人はいなかったはずです。あの、Freddie Mercury(フレディ・マーキュリー)でさえ、存命中はひた隠しにしていたほどですから。さらにはBay City Rollersのヴォーカル、Leslie McKeown(レスリー・マッコーエン)も同様です。

そんなところを打ち破って、ボーイ・ジョージは自らのルックスとファッションで堂々と現れたわけです。

ま、「カマ、カマ、カマ、カマ~」と続くサビ、子供にも印象的だったようですが、もっと年齢が上がると「オカ〇はオメーだろ」と内心思っていたことでしょう。時代ですねえ。現在は思っていても口に出せませんがね。

その他、Simon & Gurfunkelに「Kathy's Song」という曲があるようですが、詳しく知らないので、パスいたします。

★★★

邦楽編

意外と見つかるのが、邦楽だったりします。

それこそ、演歌からJ Popまで。

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門あさ美

 

人前でライヴをやったことのない、門あさ美。二度目の登場です。

こちらの「Mr. K」(作詞作曲:門あさ美/編曲:大村雅朗)は1980年リリースのセカンドアルバム『Sachet』(サシェイ、フランス語で手提げかばんみたいな意味)に収録された曲になりますが、シングルカットはされておりません。

彼女、実に謎に満ちた人物で、ライヴはやらない、メディアに名ほとんど登場しないため、プライベートなことはほとんどわかっておりません。

同時に、プロモーションも行わないのですが、アルバムセールスは非常に好調で、『Sachet』はオリコン(アルバムチャート)で16位にランクしてます。

この時代、すでにニューミュージック(当時の造語)勢の勢いは下火になり、アイドルが逆襲を始めた頃と重なります。その後も、職業作家ではない大瀧詠一、財津和夫、井上陽水、ユーミン(呉田軽穂)までもがアイドル勢に曲を提供するようになりました。それにもかかわらず、門あさ美のアルバムは1985年の7枚目のアルバムまで10位前後にランクされたのですから、上質で洗練された大人のポップス(レーベルなどでは「ファッションミュージック」などと称しておりました)を書いて自ら歌う人として安定した人気がありました。

さて、この「ミスターK」なる人物、桑名正博であるとか、いくつか説はあるようですが、桑田佳祐であるというのが本命のようです。とはいえ、桑田氏と門あさ美、1955年生まれの同学年なんですがね。

もちろん、メディアに出ない門あさ美ですから、二人の接点はゼロでしょうね。想像上で書いた曲ですね。個人的には曲の内容と桑田氏の本質があまり合致しないような気もしますが。

門あさ美という人、メディアには出ないのに、なぜか写真集を出したことがあるんですね。これは、個人的な妄想ですが、門あさ美という人物は実在したのかどうかなんて考えてしまいます。数少ないテレビ出演では、やっぱりライヴ的なものはなく、本人が映し出されていても、曲はレコードの音源だったりしました。

何がいいたいかというと、曲作りはAという人物。レコーディング(ヴォーカル)はBという人物。ビジュアルはCという人物。…なんてね。

BUZZ

 

BUZZ(バズ)の「ケンとメリー~愛と風のように」でした。

どこかで聴いたことのある曲です。特にかなりのご年配の人にはおなじみの曲。

日産スカイライン(4代目)のCMソングになります。1972年リリースのこの曲、BUZZのデビューシングルで、オリコン(週間シングルチャート)で19位にランクインしました。

4代目スカイライン、通称「ケンとメリーのスカイライン」「ケンメリ」などといわれます。3代目スカイラインにラインナップされていた「GT-R」モデルが生産されず、暴走族の改造車が多かったというクルマでもありますが。

シングルとしては19位に終わりましたが、4代目スカイライン自体は1977年まで販売されていましたので、CM効果もあって印税も相当なものだったのではないかと思われます。でも、新人でしたから、1曲いくらでの契約だったのではないかと。

BUZZは小出博志(のちに佐伯博志名義での活動歴もあり)と東郷冒和のデュオになります。どちらが、メインヴォーカルなのかは不明ですが。BUZZとしての活動は1982年までで、2007年に活動を再開し、2015年にファイナルコンサートを開催しました。

1980年代にはコーラスなどで吉田拓郎、松任谷由実、松田聖子をサポートしました。松原みきにも「私は戻れない」と「ニートな午後3時」(いずれもアルバム『-Cupid-』収録)でコーラスを担当しています。

この曲のクレジットは作詞:山中弘光・高橋信之/作曲:高橋信之/編曲:高橋信之となっています。高橋信之という人物ですが、あの高橋幸宏の兄で、小出・東郷ともに高橋信之と関りがありました。

小出は高橋のバンドに参加したことがありました。東郷は高橋幸宏と立教中学で同級生でバンドを組んだこともあり、のちに東郷の姉と結婚してます。

そのような縁で高橋信之が二人をプロデュースし、BUZZを結成し、いきなりCM曲を担当することになりました。

曲調がNeil Young(ニール・ヤング)の「Heart Of Gold」(邦題「孤独の旅路」全米1位、1972年1月リリース)そっくりなんですが、ちょっとしたアイデアのいただきでしょうか。

もっと、似ているのが、山崎まさよしのカバー。

 

2007年の山崎のカバーアルバム『Cover All Ho!』に収録されています。クセ強め。

サザンオールスターズ

 

サザンオールスターズの1982年のアルバム『Nude Man』収録のオープニングナンバー、「DJコービーの伝説」でした。

これを入れるかどうか、悩んだところですが、DJコービーとは小林克也のことだとのことで、”K”に決定です。

サザンについても、あまり詳しくないので、詳細は省かせていただきます。曲の感じはいいすね。

★★★

この他、演歌では藤圭子「圭子の夢は夜開く」(オリコン1位)などもありますが。

予告通り、4月に記事を上げることができましたです。今月なんとかもうひとつ記事を書ければいいですが。コメントもお待ちしています。

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