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2026年5月27日 (水)

アラビア由来の人名や解散前の超レア盤も

かすてら音楽夜話Vol.227

「タイトルに人名が入る曲」シリーズの"M"になります。

まずは洋楽編から行きますが、「Michel」とか「Mari」ちゅうのもありますが、アラビア由来の名前の曲が2つありますので、紹介したいと思います。

Linda Ronstadt

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画像はアルバム『Living In The USA』(1978年)から。Linda Ronstadt(リンダ・ロンシュタット)の最後の全米(ビルボード Hot 200)チャート1位獲得アルバムです。

収録曲はほとんどがカバーで、かつて他のアーティストがリリースしたものを、リンダが取り上げたものです。なお、その曲がヒットしていたかどうかではなく、あくまでもリンダ自身がいいと感じたものをカバーしています。

 

お聴きいただいたのは、リンダの「Mohammed's Radio」(邦題「モハメッドのラジオ」)でした。

1979年4月にアルバムからの5枚目のシングル「Alison」のB面としてリリースされています。全米チャート(ビルボード Hot 100)では県外でしたが、アダルトコンテンポラリーチャートでは30位に入っています。また、「Alison」の作者、Elvis Costello(エルビス・コステロ)の母国、イギリスでは66位にチャートインしております。

この曲はアメリカ人シンガーソングライターのWarren Zevon(ウォーレン・ジヴォン)が1976年にリリースしたセルフタイトルアルバム『Warren Zevon』に収録されています。ジヴォンはリンダのお気に入りで、他にも多くの曲を提供されています。

この曲はシングルのB面ながら、多くのラジオ局で流されたようです。

ジヴォンによれば「モハメッド」は特定の人物ではないそうですが、ラジオDJを指すようです。「モハメッド」…まぎれもなくアラビア由来の名前で1976年当時とすればイスラムに改宗し、「モハメッド・アリ」を名乗った元カシアス・クレイ氏がいたり、ムスリムの反政府組織もあったりした時代。でも、それはアメリカだけ(なのか?)の話で、遠く離れた日本ではまだまだ、アラブ系の人を見ることはなかったし、ムスリムへの理解も乏しいような状況でした。

それだけに、日本で暮らすワタクシとしては、当時新鮮な感覚を味わったような気がいたしました。LPでアルバムも購入しましたし、CDでも買いなおしました。『Living In The USA』はシングルヒットがあまりないものの(チャート中位曲はあります)、トータルバランスはかなりいいアルバムですので、興味がある方はひとつお買い求めになってもいいのかなと思います。

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Queen

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Queen(クイーン)にもアラビア起源の人名が入る曲があります。

1978年リリースのアルバム『Jazz』(全米6位、全英2位)収録のオープニングナンバーがそれにあたります。

 

お聴きいただいたのは、「Mustapha」(ムスターファ」でした。作者はFreddie Mercury(フレディ・マーキュリー)です。

アメリカとイギリスではリリースされていませんが、西ドイツ(当時)、スペイン、ユーゴスラヴィア、ボリビアでは、1979年にシングルカットされています。チャート成績などはよくわかっておりません。

フレディという人、ペルシャ系インド人で両親はゾロアスター教徒です。長年出自は隠していましたが、インドやザンジバル(現在はタンザニア領)でも生活していて、寮生活を伴う学校生活もしていたほど。ご本人はアラブ系やムスリムではありませんが、周囲にそうした環境があり、かなり強く影響していたと思われます。上記のアメリカの「モハメッド」もそうですが、後年移住したイギリスでもアラブ系住民やムスリムとのかかわりは続いていたはずです。なにしろ、イギリスという国はかつて世界中に領土を持ち、その領土から多数の移民が古くからいたのですから。その移住者の一人がフレディでもあったのです。

曲を聴くと、ムスターファのほかにイブラヒム(Ibrahim)という男性名も登場しますし、「アッラー」という言葉も聴き取れます。しかも、モスクで唱和されるようなコーランのようなフレーズも入っています。明らかに前述の「モハメッドのラジオ」よりも、強く宗教色が反映された曲といえましょう。

一方、『Jazz』というアルバムには、「Bicycle Race」と「Fat Bottomed Girl」という両A面曲もあり、このジャケ写がイスラムの指導者からすれば激怒されそうなものでして、さらにプロモーションビデオともなるとさらに過激で、おそらくYouTubeでは年齢制限がかかっているという具合。

「ムスターファ」がなぜアルバムに採用されたのかということがよくわかりません。

AIに尋ねてみました

1. リスナーに衝撃を与える「ツカミ」のため
クイーンはアルバムの1曲目に、聴き手を一瞬で引き込む「驚き(フック)」を配置することを好みました。
前作『世界に捧ぐ』の冒頭が「ウィ・ウィル・ロック・ユー」の足踏みから始まったように、本作『ジャズ』では、フレディの怪しげなアラビア風アカペラで幕を開けるという最大の裏切り(サプライズ)を演出するために「ムスターファ」が選ばれました

2. 「何でもあり」というアルバムのコンセプト
このアルバムのタイトルは『ジャズ』ですが、音楽ジャンルのジャズは一切含まれていません。彼らは「ジャズ=自由で、バラエティに富み、ルールに縛られない音楽」と解釈していました。
1曲目にロックでもポップスでもない「ムスターファ」を持ってくることで、「このアルバムは何が飛び出すかわからないぞ」という自由奔放な宣言をしたのです。 

ま、それでもムスリム男性はひそかに「バイシクルレース」の映像も見ていたりするんでしょうかね。これ以上は自粛いたしますが。

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ずうとるび

先日トーマスさん、アニタツさんとお会いして、毒蝮三大夫の話になり、笑点の座布団運びから山田隆夫氏あたりに話が及びました。

ちゅうことで、ずうとるび

結成は笑点の「ちっびっこ大喜利」で山田氏が座布団10枚を獲得したこと(レコードデビューの特典)から、「ちびっこ大喜利」にも出演していた江藤博利氏、新井康弘氏、今村良樹氏の4人でグループを結成し、1974年に「ずうとるび」としてレコードデビューしました。

デビュー曲は山田氏が作詞作曲した「透明人間」で、活動6年でシングル20枚、アルバム9枚をリリース。特にエレックレコード所属の2年間にアルバム5枚をリリースするというハイペースな活動であったことから、チャートに反映されなくても人気はそれなりにあったようです。

なお、山田氏は笑点出演前からギターを演奏していて、相当なギターコレクターでもあったようです。楽曲制作にかかわったのも山田氏のみで、他のメンバーは楽器を演奏した経験もなかったようです。

なお、山田氏は1977年に自身の結婚(このときわずか20歳)をもってグループを脱退しております。

そのずうとるびのラストシングルがこちら。

 

1980年リリースのラストシングル(2021年に再結成し21枚目のシングルもリリースされていますが)「マルガリータ」でした。

こちら、作詞:ケーシー・ランキン、訳詞:篠塚満由美、作曲:芳野藤丸、編曲:大谷和夫となっています。

というのも、SHOGUNのセカンドアルバム『Rotation』(1979年)収録の「Margarita」がオリジナルでして、曲のクレジットは訳詞の篠塚さんを除き、すべて同じなんです。このアルバムではすべてケーシーの英語の詞がつけられていて、すべて英語で歌われています。

SHOGUNのアルバムリリースが1979年12月でずうとるびのシングルが1980年2月ですので、ほぼ同じような時期です。それにしても、よくSHOGUN側がカバーを許可したなと思います。

ずうとるびとしてはすでに山田氏が脱退し、この時期は楽器演奏なしで新メンバーを加えた4名で歌って踊る、三枚目気味のアイドルグループみたいになっていたようですが。

では、SHOGUNのオリジナルもお聴きください。

 

リードヴォーカルは芳野藤丸で、ケーシーの高音部のヴォーカルも印象的です。

ちなみに、映像に動きがありませんが、まんまアルバム『Rotation』のジャケ写を使用してますね。ビリヤード台の周囲に群がる男性がSHOGUNのメンバーですが、中央の女性はテレビドラマ「探偵物語」(主演:松田優作)に出演していた日中ハーフのナンシー・チェニー嬢でございます。

アルバム『Rotation』には「探偵物語」のオープニングテーマ「Bad City」とエンディングテーマ「Lonely Man」が収録されてます。かなりクオリティの高いアルバムで、リリースから47年たっても色あせません。

一方のずうとるびの「マルガリータ」はCDにもなっていないだろうし、超レア盤になります。なお、ずうとるびの英語表記は「Zoo True Bee」なんだとか。

ところで、マルガリータってスペイン語の女性名ですが、カクテルの名前でもあります。また、イタリア語の「Margherita」はピザの一種だったりします。いずれにせよ、英語で「Margaret」、ヒナギクという意味もあります。

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2026年5月 4日 (月)

リンダ~!

かすてら音楽夜話Vol.226

早くも1年の1/3が終わってしまいました。月日の経つのは早いもんでございます。

ま、そんな間にも日々こちらのコンテンツについては深く思いを巡らせてきました。

てなわけで、5月の第一弾は、「人名がタイトルに入る曲」その"L"でございます。

Billy Joel/All For Leyna

 

Billy Joel(ビリー・ジョエル)の通算7作目のアルバム『Glass Houses』(1980年)収録曲、「All For Leyna」でした。もちろん、作者はビリー本人です。

アルバム『Glass Houses』はビルボードアルバムチャート(Hot 200)で6週連続の1位で、ビリーも翌年のグラミー賞最優秀ロックヴォーカルアワードを受賞しております。年間チャートでは4位でした。つまりは、相当売れたアルバムです。

こちらから、ビリー初のシングル1位、「It's Still Rock And Roll To Me」(邦題「ロックンロールが最高さ」)も生まれております。

そして、この曲はイギリスで最初にシングルカットされ、全英シングル40位にチャートインしました。アメリカでもシングルになる予定でしたが、「You May Be Right」(邦題「ガラスのニューヨーク」、7位)に変更されています。

ま、ガラスの割れる効果音で始まるノリのいい曲に比べ、マイナーコードの「All For Leyna」では、アメリカ人が好むのはやはり「You May Be Right」になるでしょう。

5作目のアルバム『The Stranger』~『52nd Street』(邦題『ニューヨーク52番街』)の流れとはややテイストを変え、どちらかというとロック寄りにシフトしたのが、『Glass Houses』でした。アルバムではゲストミュージシャンをほぼ使わずに、バンドスタイルで収録を進めています。

また、「All For Leyna」のプロモーションビデオですが、オリジナルと違ってヴォーカル部分を差し替えているとのことです。

まあ、ロック寄りといってもピアニストでもあるビリーが書く曲ですから、「バンドサウンドに乗せたややアップテンポな曲が多いアルバム」といったところに落ち着くのではないでしょうか。

このあとのアルバム『The Nylon Curtain』ではピアニストにとって致命傷といえる指の骨折を経験し、どちらかというと内省的な作品になっていきます。また、その次の『An Innocent Man』ではうってかわってポップに回帰するんですがね。

ビリー・ジョエルも人の名前を付けた曲の多い人です。ただ、ボズ・スキャッグスと違って、すべてが女性の名前ということもなく、男性の名前が付く曲も書いてますね。

◆◆◆

"L"の付く人名、Styxの「Lorelei」とか、Jim Croceの全米1位、「Bad, Bad Leroy Brown」(邦題「リロイ・ブラウンは悪い奴」)などもありますが、ここでは割愛させてもらいます。

なんといっても筆者としてはここは「リンダ」にこだわっていきたいです。

てな、ことで。

The Beach Boys/Lady Lynda

 

The Beach Boys(ビーチボーイズ)が1979年にリリースしたアルバム『LA(Light Album)』収録の「Lady Lynda」(邦題「秋風のリンダ」)でございます。

ビーチボーイズの経歴は省略しますが、ホットロッド、サーフィン、ビーチなどをテーマにしていた絶頂期から10余年、完全に混迷期に入り込んだ作品ですね。

「Lady Lynda」はクレジット上はメンバーがかかわって作られていますが、巨匠、J.S.バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」のメロディが基になっています。

ただ、イギリスではチャート6位を記録していて、日本のラジオでもよくかかっておりました。本国アメリカではシングルカットされていません。

このアルバムからは歌詞の一部が日本語である「Sumahama」(邦題「思い出のスマハマ」)も収録されています。これもまた、当時のラジオで流れていたものです。

まあ、どちらも、ビーチボーイズらしさが欠乏していて、ほとんどインパクトがありません。

そのためでしょうか、アルバム自体はかろうじて100位にチャートインという、かつての絶頂を知る世代からしたら、目を覆いたくなる作品だったのではないでしょうか。

その後のビーチボーイズですが、1988年に映画「カクテル」(主演:トム・クルーズ)の主題歌、「Kokomo」が22年ぶりのチャート1位となりました。かなりの部分、トム・クルーズの影響が大きいと思いますが。まあ、復活は復活です。

また、2012年リリースのアルバム『That's Why God Made The Radio』(邦題『ゴッド・メイド・ザ・ラジオ~神の創りしラジオ~』)が36年ぶりのTop10入り(3位)を記録しています。

とはいえ、その後メンバーの死去などにより、今のところ最後のアルバムリリースとなっております。

The Blue Hearts/リンダリンダ

 

1987年のThe Blue Hearts(ブルーハーツ)のデビュー曲、「リンダリンダ」です。

作詞作曲は甲本ヒロトです。

シングルヴァージョンはレコード会社の方針により、外部のアレンジャーとして、シーナ&ザ・ロケッツの浅田孟を招聘したのですが、アルルバムヴァージョンはブルーハーツ自身が担当してます。メンバーは外部アレンジャーを良しとしなかったようです。

それでも、オリコンシングルチャート38位ですから、デビュー曲としては相当インパクトがあったと思いますね。

なお、お借りしたYouTube映像はいつか削除される可能性があります。と、いうのも、公式に上がっているものもあるのですが、著作権法で保護されているので、こちらに貼り付けられません。

そちらのリンクはこちら

その後の彼らは「情熱の薔薇」でオリコン1位を獲得し、アルバム2枚も1位を獲得。

解散後もなぜか甲本ヒロトと真島昌利は、The High Lows~ザ・クロマニヨンズで切っても切れない縁になっているのは周知の通りです。

アン・ルイス/リンダ

 

1980年リリースのアン・ルイスのシングル「リンダ」でした。

作者はもちろん竹内まりや。この曲はアン・ルイスが桑名正博との結婚のために提供(プレゼント)したものです。なお、「リンダ」というのはアン・ルイスのミドルネームです。

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竹内まりやも翌年のアルバム『Portrait』でセルフカバー(シングルカットせず)しております。で、アン・ルイスのヴァージョンなんですが、冒頭のジングルめいたもの以外、かなり出来がいいです。なんでかなと思ったら、アレンジに山下達郎が一枚噛んでいたんですね。まりやのセルフカバーも、アレンジャーは山下達郎で、アン・ルイスのオリジナルにかなり寄せた作りになってます。もちろん、完成度はセルフカバーのほうですが、アン・ルイスのオリジナルも捨てがたいです。

正式なクレジットは編曲:ブラッド・ショット、谷口陽一、山下達郎となっています。

ここ、AIに尋ねてみたんですが、「共同編曲者:多くの場合、谷口陽一とともにブラッド・ショット/谷口陽一名義でクレジットされています。」では、谷口陽一とは?「アン・ルイスのプロデューサー、編曲家、ミュージシャン」などと出ました。ブラッド・ショットという特定の人名が出てこなかったので、もしかしたらバンド形態の名前かもしれません。

そして、山下達郎は「リンダ」収録のアルバム『リンダ』の前作『Pink Pussy Cat』では楽曲提供は1曲のみでしたが、アレンジャーとして椎名和夫とともにほぼ全面的に関わっているので、シングル「リンダ」からのフィードバックを竹内まりやのセルフカバーに生かした可能性はありますね。

なお、山下・竹内の結婚は1982年ですが、1980~1981年頃には生活を共にしていたという話もあり、1981年の『Portrait』でかなり大っぴらに竹内の作品に顔を出すようになり、結婚後は全面的にバックアップ並びにプロデュースするようになりました。

それと相反するように、アン・ルイスは桑名と別れ、ロックシンガーのような路線をたどっていくのですが。

なお、竹内まりやも公式YouTubeチャンネルを開設してますが、「リンダ」は上がってません。

◆◆◆

そういえば、PANTAにも「ルイーズ」なんて曲があったような。

次回は「M」または他のネタを書きます。下記のバナークリック、フォローもよろしくお願いします。

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