カテゴリー「Vehicle」の269件の記事

2021年5月 6日 (木)

銚子電鉄に乗ってみた

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<JR銚子駅>OMD10/ED14-42mm

JR総武本線の終点、銚子駅です。JRとしてはどん詰まりの駅ですが、さらに私鉄の銚子電気鉄道が外川まで6.4kmを運行してます。

鹿島神宮の後にここまでやってきました。宿も銚子に取りまして、魚介料理の夕食を楽しみにしてますが、早めにやってきたのは、明るい時間に銚子電鉄に乗るという目的もありました。

では、切符を購入して終点の外川までを往復しようと思ったのですが、切符売り場が見つかりません。学生の時にサークル活動でここに来て、銚子電鉄にも乗ったはずですが、その時の記憶は全く残っておりません。

案内所のようなところで訊ねると、改札を入って銚子電鉄の車内で切符を買うのだということです。改札はそのまま通ってよいとのこと。でも、直前に電車が出たとのことで、30分以上の時間待ちです。

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<ホームのモニュメント>PowerShot

自動改札ではない有人の改札で銚子電鉄に乗るという旨を告げ、銚子電鉄のホームへ。しかし、この21世紀に改札をスルーできる駅があるとは。しかも、銚子電鉄はSUICAもPASMOも使えないんです。これは、相当経営が逼迫していますね。自動券売機もないのですから。

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<どこかで見たような>OMD10/ED14-42mm

銚子電鉄のホームは総武線・成田線の発着するホームのはずれに、切れ目を入れるような形でちょこんと存在しました。JRから(へ)の乗り換え客のために、非接触型のSUICAとPASMO用のタッチパネルが置かれています。でも、銚子電鉄は定期券を持つ客以外は車内でチケットを購入するんですね。

しばらくすると電車がやってきました。2両編成です。なんか見たことがある電車だなと思ったら、京王井の頭線の車両じゃないですか。懐かしすぎる。

…というのは、乗車時の感想で、実際は伊予鉄道から譲渡された車両だそうです。でも、その車両はもともと京王電鉄京王線のグリーンに塗装されていたもので、台車は1067mmに付け替えられたものだそうです。雰囲気と塗装が井の頭線を彷彿とさせたのでしょうか。でも、京王線の緑の各駅だったらちょくちょく利用していたので、もしかしたら乗ったことのある車両という可能性もありますね。

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<1日乗車券>OMD10/ED14-42mm

2両編成ですが、基本ワンマン運転です。車両の前後にバスのような料金箱があります。乗り込んで先頭車両の席を確保しようと歩いていると、女性の車掌に呼び止められ切符を購入しました。

銚子ー外川の料金が350円です。「外川まで往復で」と告げると、700円の1日乗車券を売ってくれました。一応乗り放題ということになります。実際には主要駅に観光的なものがないので、実質的な往復切符ということになりますか。

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<外川方面の先頭車両>OMD10/ED14-42mm

つり革もありますが、通勤時間帯でも満員になることはなさそうです。この時は適度に人が乗ってましたが、全員座れていました。

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<レトロ調>OMD10/ED14-42mm

このようなホーロー看板をどうやって見つけてきたのか。まあ、経営努力なんでしょう。

路線バスにあるような料金表示だけが現代とマッチします。

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<中吊り広告>OMD10/ED14-42mm

この「絶対にあきらめない」というのが銚子電鉄のキーワードみたいです。

そして、駅名には別に愛称がついてました。銚子駅が「絶対にあきらめない 銚子」で、終点の外川が「ありがとう 外川」でした。秀逸なのが本社のある本銚子駅が「上り調子 本調子 京葉東和薬品 本銚子」というのと、笠上黒生(かさがみくろはえ)駅が「髪毛黒生」でした。ダジャレ好きなのかもしれません。

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<レトロ看板>OMD10/ED14-42mm

それにしても、レトロな看板を掲げていますが、スポンサー料は頂いていないはず。逆にかつてカルピスで肝油を作っていたのかということを学習しますね。

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<外川駅>OMD10/ED14-42mm

終点です。銚子電鉄には乗り鉄以上に訳のわからない人が乗り込んでますし、この駅にも何をするわけでもないおじいさんが待合室にたたずんでました。

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<かつての車両>OMD10/ED14-42mm

外川駅の引き込み線に留置してある車両です。こちらも伊予鉄道からのもののようです。古色蒼然として見えますが、2010年まで現役だったようです。

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<銚子駅の掲示板>OMD10/ED14-42mm

「(非)電子掲示板」とは、ここでも遊び心が発揮されています。ちなみに、中央のポスターは銚子電鉄の制作した映画です。

 

動画も撮ってきたので見てください。

続きます。

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2021年5月 2日 (日)

日野市民のアシ

日野オートプラザの続きです。

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<展示車両>PowerShot

大昔のことですが、日野市に住んでいたことがあります。

日野市には日野自動車の本社があります。かつては工場があり、ここでクルマを生産する工場がありました。前の記事で、日野自動車がルノー4CVという乗用車を生産していたことを書きました。

4CVによって、乗用車作りのノウハウを学んだ日野自動車は自社生産による乗用車も生産するようになったのです。

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<日野コンテッサ>*画像はネットで拾いました

それがこのクルマ、日野コンテッサ(Hino Contessa)です。

かつて、日野市に住んでいたことがあると書きましたが、当時の自宅周辺にはこのコンテッサが結構たくさんありました。

現在で例えれば、広島市民、県民のクルマはマツダが強いというようなものでしょうか。ともかく、1960年代の日野市では愛されたクルマといえます。

当然、日野オートプラザにもコンテッサは展示されております。

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<初期型コンテッサセダン>PowerShot

丸目二灯のコンテッサの面構えです。*正面からの画像はあるにはありますが、ボケがひどく割愛させてください。

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<リア>PowerShot

この初期型ですが、900ccという排気量です。そして、現在の乗用車ではトランクにあたる部分、後端部にスリットが入っているのがお判りでしょうか。

このクルマもまた、エンジンがリアに積まれていたのです。ルノー4CVから技術を導入したわけですので、リアエンジン・リアドライブ(RR)となるのは当然でしょう。

また、この時代、乗用車といえば箱形のセダンが当たり前で、ハッチバックとかワゴン、ひいてはSUVなんてものはないのです。

ハッチバックやワゴンの形のものは商用車で、SUVに近いものは三菱ジープ(これまたノックダウン生産)しか存在しませんでした。

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<コンテッサクーペ>PowerShot

その後、エンジンは1300ccに拡大されたようです。こちらの丸目四灯の面構えは、クーペタイプでドアは2枚です。

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<リア>PowerShot

ピカピカに磨き上げられた、やや丸みを帯びたスタイル。なかなかスタイリッシュだとは思いませんか。

ちなみに、セダンはコラムシフトで前席はベンチシートになってました。クーペはフロアシフトです。前席も運転席と助手席が分かれたシートです。

そして、コンテッサから5人が乗車できるようになりました。

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<日本GP出場車>PowerShot

こちらセダンタイプですが、日本グランプリに出場したクルマです。

当時は日本GPといっても、F1が日本に来たわけではなく、主に市販車の改造車が戦っていたのです。

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<リア>PowerShot

カーナンバー付きのこのクルマ、エンジンを大幅に拡大しているはずです。と、いっても現代のヤリスやノート、マツダ2、フィットの市販車のほうが早いとは思います。

改造車の証として、バックギアに入れたときに光る後退灯がありません。無駄なものは省くのがレースの常識です。でも、ハンドルとかの改造はなく、コラムシフトのままでしたけど。

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<これもコンテッサ>PowerShot

こちらは、コンテッサ900スプリントというクルマで、海外のモーターショーで参考出品されたものです。

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<リア>PowerShot

流線形に近いボディはイタリアのミケロッティのデザインです。もっとも、コンテッサクーペもミケロッティに依頼してますが。

海外の展示のため、左ハンドルでした。エンジンも改良を受け、150km/hを出したといわれてます。

ただし、このクルマはとうとう市販されることはありませんでした。当然ながら、日野市でも走ってなかったです。

今では武骨なトラックメーカー、堤真一とリリー・フランキーが「トントントントン、日野の2トン」などとかましてますけど、昔は素敵な時代があったんです。

しかし、その後はトヨタの傘下に入り1967年に乗用車生産は終了し、バス・トラックメーカーに特化しました。ただし、トヨタのパブリカとカリーナを作っていた時期もありました。

もうすこし、続きます。

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2021年4月26日 (月)

時空を超えて日野ルノーに会いに行く

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<日野オートプラザ>PowerShot

ある日、JAF(日本自動車連盟)の会報誌を眺めていたら、自動車博物館の記事がありました。それに載っていたのが、日野オートプラザです。

博物館でありながら企業がやっているということで、入場料はありません。ただし、昨今の事情で予約を入れて、1時間限定の見学となります。場所も自宅から比較的近いので、前日でしたが電話予約し、オープンの10時から一番乗りでした。

ほかの見学者はいなくて、博物館独占です。

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<日野ルノー>*こちらはネットから拾いました

日野自動車というと今やバス・トラックのメーカーですが、かつては乗用車も生産していたんですね。

とりわけ、日野ルノーと呼ばれるかつてのルノー公団(フランスの国営企業)の「4CV」という車種を日野自動車はノックダウン生産(部品を輸入し組み立てること)していたんです。4CVが世に出たのは1950年代のことで、日野自動車はその後ノックダウンではなく完全に部品から4CVを作ることができるようになったのです(これをライセンス生産といいます)。

それから十余年、この日野ルノーが我が家にやってきたんです。そう、父親が中古車を買ったんですね。もっとも、相当なオンボロだったようで、それはごく短い期間でしたけど。

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<フロント>PowerShot

画像がぼけていてすいませんね。コンデジは室内であってもファインダーがないのでピントの確認が甘くなります。逆光だと見づらいし。

このボンネット部分が膨らんだ形状ですが、この下にはエンジンがありません。

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<リア>PowerShot

エンジンはこの部分にあります。現代のクルマでいうとトランクにあたる部分。つまりはエンジンを背中に背負って走っているようなものです。

今や日本の乗用車では絶滅したリアエンジン車ですが、フォルクスワーゲンのビートル(カブトムシ)、ポルシェなどがこの形をかたくなに守っています。ま、60年以上前の設計ですから、昔は相対的にエンジンが大きかったともいえますね。

それに、この時代は後輪駆動、つまり「RR」レイアウトが採用されております。この点もビートルやポルシェと同様です。RRですと、全長の割には室内を広くレイアウトできたそうです。その代わり、ボンネット下のトランク部分が狭いという欠点もありました。

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<サイド>PowerShot

ドアの形状が独特です。観音開きならぬ、逆観音開き。つまり、中央のドアヒンジを共用して前後のドアが合わさるように開きます。

そして、前のドアウィンドウの三角窓。家庭にもエアコンのない時代ですから、クルマにエアコンがないのは当たり前。三角窓を少し開けると、ベンチレーターの役目を果たします。

現代のクルマですが、開かない小さな三角窓があることをご存じでしょうか。ドアミラーの死角をなくすために設けられたものです。

後ろのドアウィンドウですが、前後にスライドさせるやり方です。前のサイドウィンドウは懐かしのくるくる回すタイプです。

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<タイヤ>PowerShot

日野オートプラザに展示してあるクルマはドアが開かずウィンドウも閉まったままなので、内部の画像が撮りにくいです。撮るには撮りましたが、お見せできません。偏光フィルターがあるといいのですが。

トランスミッションは床から延びるいわゆるフロアシフト式で、3速(3MT)。この時代、ステアリングコラムから延びるコラムシフトがほとんどでしたから、先進的ではあったのかもしれません。もともとフランスのクルマだし。

主要諸元
全長:3663mm 全幅:1430mm 全高:1440mm 車両重量:640kg
エンジン形式:水冷直列4気筒 総排気量:748cc 最高出力:21PS

現代なら軽自動車並みのサイズです。でも、存在感があって大きく見えます。出力は昔の表示で、今に換算すれば「全然走らねー」ことになりますが、日本の高速道路の当時の最高時速、100km/hには対応していたそうで。

また、形式はわかりませんがクラシックな外観にもかかわらず、四輪独立懸架のサスペンションだそうです。

ヤフオクなどを見ると、価格も載ってますから現在でもオーナーは数名いるみたいですね。

また、日野ルノーを見ることのできる場所は、日野オートサロンだけかと思いましたが、なんとトヨタ博物館に展示されているみたいです。愛知県だけど。

日野オートプラザ

まだまだいろいろな展示がありましたので、あと数回記事にします。不定期ですが。

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2020年10月 3日 (土)

千葉・茨城ドライブ旅

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<東関東自動車道>*画像はネットから拾いました。

2泊3日で千葉と茨城に行ってきました。といっても、Go To トラベルの始まる直前に戻ったので、その恩恵はありません。

海外旅行が当分できそうになく、だったら国内かといろいろ考えてきました。まず頭に浮かんだのが北海道でした。実は30年ほど前に2回クルマで北海道を回ったことがあります。当時はLCCもなく、レンタカーも高いのでフェリーに車を載せて北海道まで往復しました。宿泊日数はもはや覚えてませんが、この2回で北海道の海岸線の走れるルートを走破したはずです。

じゃ、やってみるかと思いましたが、昨今の他県ナンバー狩り、他県から来る人への無言の圧力等に悩まされ、自衛策としてドライブレコーダーを取り付けたり。ま、その間に季節はどんどんと過ぎていくわけで。

考えてみれば、マイカーを長距離ドライブするというのは長らくなくて、まずはどの程度できるのかということで、ものは試しと今回に至ったわけです。

クルマで行くわけですから、現地では駐車場付きの宿が必要です。そうなると必然的にシティホテルということになってきます。ま、2食付きの観光ホテルという手もなくはないのですが、それはいささか高いです。そして、混雑(特に高速道路)するのが嫌なので、平日に行くことにしました。

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<サービスエリア>PowerShot

まあ、ひどい渋滞はなくほぼ時間通りに事が進みました。ただし、東関東自動車道は渋滞こそありませんでしたが、浦安から先のインターチェンジいくつかで手前数kmくらいから路肩に渋滞が発生しておりました。本線は走れるのですが。

そして、カーナビ付きのクルマとはいえ、見事に迷ったところが1か所。これは、Google Mapから住所を割り出し、カーナビに住所を打ち込んだところ、妙なところに案内されたということです。おそらくは、ネット上に表記される住所は衛星などを基にしているので、ほんの少しの誤差が如実に反映されるということです。あるいは、ネットの情報が間違っているとかですね。

一番いいのは、その名称で検索することですかね。次が電話番号をカーナビに入力すること。でも、電話がどこかの代表番号だったりするとこれもダメなんですね。とにかく、6年前のカーナビであるので、機能も最新ではないのですね。

ま、考えてみれば30年前はカーナビもなく、紙の地図を覚えたり、信号待ちの間にその都度地図を見たりして目的地に到着できたりしたのですが。

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<某観光地>KP/DA18-50mm

これまでの海外旅行では、乗り物に乗っている間、休めました。今回はそれがありません。必然的に回れる個所も少なくなります。

そうした体力的なことを加味しますと、できるだけ荷物もコンパクトがいいってことですかね。結構でかいリュックに、PENTAXのデジイチを詰めて行きましたが(さすがに交換レンズは持参せず)、これも次回からは考え直しますかね。

ま、結構回る箇所が少なく、移動距離もそれほどではありませんでしたが、想像以上に体力使いました。ドライブ自体にはそれほど支障はなかったですけど。

となると、北海道は2021年ですかね。当然道が凍らない季節で。

ま、こんな感じで今後近場を回ることが増えると思います。Go To トラベルも十二分に使わせてもらわなければ。

とりあえず、次回からレポを入れていきますが、異文化体験ではないのですぐに終わると思いますね。

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2020年10月 2日 (金)

鉄道でロッブリー往復

近県ショートトリップの画像ですが、まだ処理しきっておりません。その他に、何を話題にするかというこちらの問題もありますので、これまた次あたりですかね。

ま、そんなに期待するほどの内容ではありませんので、さらっと流しましょうかね。

と、いうことですので、2003年3月に時を戻そう。

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<チャオプロム市場前>MZ-3/FA28-105mm

これ、17年前のアユタヤ島内中心部の様子です。雰囲気的には現在とあまり変わってません。

ただ、自転車三輪タクシーの「サムロー」がいたんですね。何を隠そう、今気づきました。現在は消滅しています。

アユタヤはバンコク以上に起伏のないところなので、サムローでもいい商売になると思います。ただ、それはアユタヤ島内に限ります。アユタヤ島外に出るには立体交差になっている片側2車線の陸橋を超えるか、渡し船にサムローごと乗せる必要があります。後者は絶対無理でしょう。陸橋はかなり危険ですね。もっとも、わたしゃ3年前に自転車で数回わたりましたが、もうやりたくないです。

これまでのアユタヤ2泊で、アユタヤのだいたいは回ってしまったので、ロッブリーに行くことにしました。歩き方の巻末には鉄道の時刻表があり、これなら無理なく往復できそうなので、行くことにしました。ただし、アユタヤ駅はアユタヤ島外にあります。

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<渡し船乗り場>MZ-3/FA28-105mm

ホテルから渡し船乗り場までは徒歩数分で到着します。当時は渡し船は2ルートあり、料金は短いルートが1バーツで、川を斜行するルートが2バーツでした。川を斜行するルートはチャオプラム市場近くから出て、駅に近いところに到着します。1バーツのルートはチャオプラム市場からやや遠めのところから出て、駅側には2バーツの渡し船と同じところに到着します。

3年前アユタヤに行きましたが、短いルートのほうが廃止になっていたようでした。

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<アユタヤ駅>MZ-3/FA28-105mm

アユタヤの先で行き先が分かれます。ロッブリーはチェンマイ方面のいわゆる「北本線」になります。

料金は11バーツ。今でも変わらないでしょう。窓口では切符を問題なく買えました。しかし、当時のアユタヤ駅にはアルファベット表記のものは、バンコク方面とノンカイ・チェンマイ方面という、ざっとした列車の方向を示すものだけでした。ものすごく不安です。なにしろ、列車を間違うとロッブリーに接近することなくノンカイまたはウボンラチャタニー方面に行ってしまうのですから。しかも時刻通り来ませんし。

何回も駅員に確認しました。それで何とか間違わず、列車に乗れました。

座席指定のないチケットです。それでも先頭付近の僧侶の横が空いていました。僧侶専用座席ではありません。信心深いタイ人でしたらこの席は遠慮することでしょう。普通列車なのに、物売りがかなり乗っていました。

さて、列車に乗ってもまだまだ不安がありました。ロッブリーがアユタヤからどのくらいかわからないのですね。到着する駅でその駅と次の駅を確認できます。でも、大きなタイ文字の下に小さく書かれたアルファベットだけが頼りなんです。しかも、窓側に乗ったタイ人はほとんどが窓の遮光板(日よけというには大げさなシロモノ)をおろしてしまい、あまり外が確認できないんですね。

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<ロッブリー駅>MZ-3/FA28-105mm

それでも何とかロッブリーに到着し、降りることができました。

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<首のない仏像>MZ-3/FA28-105mm

廃墟となった寺院です。ロッブリーもアユタヤ王国がビルマによって徹底的に破壊されたところです。アユタヤと同じように首をはねられた仏像があります。同じ上座部仏教を信じる同士であってもこういうことはするんですね。

また、このような仏像にも袈裟のような布を巻いてあげるというタイ人の優しさをこの時初めて知ったような気がします。

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<猿生息地>MZ-3/FA28-105mm

ここは実に猿が多いです。

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<ロッブリーの猿>MZ-3/FA28-105mm

駅の付近は猿のテリトリーではないようでした。ただ、もう少し北上すると、街中であっても猿が出没していました。

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<昼食>Coolpix880

帰りの時刻を気にしながら、駅に近いところにちょっと洒落た、いわゆるカフェ風の店がありました。でも、客はタイ人ばかりです。でも、英語メニューがありました。

それによると、「Spicy Thai Noodle」です。具は海鮮ですね。麺もクイッティアオぽくないです。ずっとパッタイだと思い込んでいましたが、あらためて画像を見てみると、パットキーマオのようです。それもスパゲティを使ったスパゲッティ・パットキーマオなのかもしれません。これ、結構美味かったです。ペプシも頼んで50バーツでした。当時としては高めですかね。

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<帰りの列車>MZ-3/FA28-105mm

帰りの列車の切符を窓口で購入しようとしたら、係員が「早い列車があるけど、どう?」ときいてきました。迷わず購入しましたが、40バーツしました。乗る予定の前の「Rapid」という快速です。いずれにせよ、遅れて到着したし、座ることもできませんでした。もちろん、冷房もなしです。結局は疲れたでございます。

雰囲気的にはあまり変わらないかもしれませんが、ディーゼルカーのカラーリングは今と違いますね。こうして、タイ6日目にして、SRTに乗ることができました。

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2020年8月 1日 (土)

ラオス国際航空

ちょっと昔の旅を掘り起こしました。

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<ワット・シェントーン>K-7/DA15mm

初めてラオスを訪れたのは15年ほど前になります。まだ、日本人のビザ免除は実施されておらず、到着時にアライバルビザが必要な時代でした。

当時も今もラオスへの直行便はなく、陸路入国以外は何らかのチケットを取る必要がありました。当時はネットも未発達でスカイスキャナーとかありませんでした。

ですが、バンコクエアウェイズとシェムリアップ航空、ラオス航空の3社で周遊チケットを販売していたのですね。これで、ベトナム、カンボジアを回ることができます。ルールとしては、3社のうち2社を利用するというものです。前年にアンコール遺跡を訪れていたので、次はラオスだなと思いました。ついでにチェンマイも行くことにしました。予約はその販売会社のホームページからしたと思います。

ルートは、ドンムアンーチェンマイールアンパバーンービエンチャンードンムアンというものです。かなりの大周遊ルートが出来上がりましたが、今にして思えば大したことはありません。

ドンムアンからチェンマイまではバンコクエアウェイズです。チェンマイからはラオス航空しかなく、ラオス国内線も当然ラオス航空です。ビエンチャンからドンムアンまでもバンコクエアウェイズがあるのですが、この際なので、ラオス航空で予約を入れました。

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<チェンマイ国際空港>IXY DIGITAL500

チェンマイまでやってきたラオス航空機はATR72という、プロペラエンジンの飛行機でしたが、それほど驚きはしませんでした。以前乗ったドンムアンーシェムリアップ往復のバンコクエアウェイズも、この時乗ったチェンマイまでのバンコクエアウェイズもATR72だったからです。

当時のラオス航空の評判ですが、機材が旧ソ連製でいつ落ちても不思議じゃないとか、欠航が多いとかマイナス要素ばかりです。でも、当時の地方路線はこの機体が主流だったので、まあ一安心です。

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<機内>IXY DIGITAL500

機内は狭いです。でもそれも想定済み。

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<機内食>IXY DIGITAL500

これまた想定内。何しろ機体が小さいので、国際便とはいえ、こんな箱弁なのです。

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<中身>IXY DIGITAL500

箱の中はこんな感じです。この飛行機はすべてエコノミークラスなので、すべての乗客が平等にこれをいただきます。チェンマイ積み込みなので、意外にいいんじゃないすかね。

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<ルアンパバーン国際空港>IXY DIGITAL500

無事到着です。チェンマイでもルアンパバーンでも空港建物とATR72の間をバスと徒歩で移動します。空港直結のゲートはチェンマイではありますが、ATR72が小さすぎてゲートをつけることができません。ルアンパバーンではゲート自体がなく、バスもやってこず、歩いて建物まで向かいます。

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<やはり徒歩で>MZ-3/FA35mm

次のビエンチャン行は午後の便です。午前中余裕でトゥクトゥクをチャーターし、観光した後空港まで来ました。なんか、見たような客が多いです。みんな同じような周遊チケットを購入したようです。

このとき乾季でしたが珍しくスコールが降り、少しディレイしました。ちょうどもう1便あり、バンコクエアウェイズのバンコク行きでした。資金力の差でしょうか、バンコクエアウェイズのほうが先に出発です。ラオス航空国内便はまたしても、ATR72でしたが、ソ連製でないのでまあ安心です。

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<メコン>IXY DIGITAL500

ATR72は通常の航空機より低空を飛ぶので、地上の様子がよくわかります。普段、席は通路側に取りますが、短時間なのでこの時は窓側にしました。何しろ、中央に通路があり、その左右に2席ずつという機体なので窓側も1/2の確率で取れます。

さらに進んだところではほとんど民家も見えず密林だらけでした。こういう国に来ているのだなと思いました。そして、国内線であるためか、機内食はなく、新年用の記念キャンディが配られたのみでした。

ビエンチャンにも無事到着…。って、無事じゃなければ今のワタクシは存在しないのですが。ビエンチャンで夕食に出ると、同じ便に乗っていた人たちと顔が合います。ホテルでも数名見かけました。

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<ビエンチャン空港>MZ-3/FA50mm

その2日後、バンコクに戻ります。国際便になりますが、やはりATR72です。しかし、塗装が違います。こればかりは首都と首都を結ぶ「顔」ですから、ラオス政府も気合を入れたものと思われます。

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<やはり箱弁>IXY DIGITAL500

印刷もチェンマイのものとは違いますね。飛行機はジェット機ですが、どこを飛んでいるのでしょうか。現在は導入されたときいてます。絵はパトゥーサイ(凱旋門)とワット・タートルアンですか。子供が描いた絵みたいですが、このくらいしか自慢はないんでしょうね。

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<機内食>IXY DIGITAL500

ラップがかけられてますね。カステラに何かを挟んだバーガー風。あとはカットフルーツです。ま、ないよりマシですか。

こうして初のラオスの旅は終わりました。

★まだ、ここで取り上げてない過去の旅のエピソードをたまに出しますね。

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2020年6月 6日 (土)

スクート搭乗記

2019年12月26日(木)、2020年1月3日(金)

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<成田のチェックインカウンター>PowerShot

2019年12月~2020年1月の旅ではスクートを利用しました。

スクートはシンガポールのLCCです。通常ですと、シンガポール経由でバンコクとなると思いますが、TR869(行き)、TR868(帰り)という便に関してはやや特殊です。

成田発ドンムアン経由シンガポール行き(またはその逆)となります。この便でシンガポールまで行く客がいるのかよくわかりませんが、日本人が使うには便利ですね。ただし1日1便です。

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<吉野家の牛丼>PowerShot

これがかなり早朝の便です。食事は付かないので搭乗口そばにあった吉野家で腹を満たしていきました。

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<スクート機>PowerShot

黄色いカラーが独特でしょうか。タイのノックエアと合同で設立したノックスクートというLCCがありますが、そちらではありません。ただし、機体のカラーリングは似ています。

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<機内>PowerShot

機材はボーイング787です。LCCとしては大型機を飛ばしてますね。ただしサービスはほぼありません。シートバックにモニターさえありません。非常にシンプルです。

そして、当然ながら飲み物も一切出ません。当然ながらペットボトル持ち込みです。ま、これが正しいLCCのあり方なんでしょうが。

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<機内誌>PowerShot

こういうものはあります。でも、内容は英語記事ですね。そして、タイの情報はほぼなく、シンガポールの記事主体ですね。

わたしゃ、搭乗中は映画も見ませんのでこれはこれでいいのですが、たいていフライトマップを表示させておくんです。でも、それもありませんからね。ひたすら、手持ちの音楽を聴いているか、眠っているかですね。

非常に味気ないですが、直行便ですからありがたいです。タイ時間の午後4時くらいにはkimcafeさんにお会いできましたから。

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<例によってカツ丼>PowerShot

帰りは深夜便となります。しかも、0時を回ったところで飛びますから、チェックインは前日ということになりますね。

チャチューンサオからロットゥでエカマイに戻り、ターミナル21の大戸屋で腹持ちのよさそうなカツ丼とビールを頂きます。おかげでフライト中空腹感はありませんでした。

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<ドンムアン空港>PowerShot

宿に戻り、シャワーを浴びてチェックアウトです。宿はこの日も取ってありました。激安とまでは申しませんが、たまにはそういうこともします。ちなみに、2019年の3月にも泊まったSunflower Placeというところなので、ホテルレビューはなしです。

BTSでモーチットに出てエアポートバスに乗ります。ちなみに、シーロムからもバスはあるのですが、乗り場がわからず、勝手のわかるここにしました。渋滞対策というのもありますね。

チェックインは搭乗2時間前というのがきっちり守られていました。戻りは同じ機材だし、飲食できないのでひたすら寝てました。

また、座席(当然エコノミー)の居住性ですが、大型機ということもあり、良好でした。前後の座席間隔もレガシーキャリア並みです。それだけは特筆しておきましょう。

つうことで、ようやく年末年始の旅レポを終了いたします。コロナ騒動が終わるとして、スクートその他のLCCは生き残ることができるのでしょうか。ともかく、素早く収束していただき、入国制限の緩そうなところから旅をしようかなと思います。いつになるかな。

長々とレポしましたが、多くのコメントありがとうございます。さあ、次回の記事からは何が飛び出すかわかりませんよ。

<2020/06/07>一部追記しました。

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2020年5月24日 (日)

バーンマイ百年市場まで

2020年1月2日(木)

にわかに音楽ブログみたいになってきましたが、年末年始のレポもあります。別に引き延ばしているわけではありませんので。

この日もkimcafeさんと相談し、バーンマイ百年市場に行くことにしました。これが最後のオフになります。

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<フアラムポーン駅>OMD10/ED14-42mm

kimcafeさんが借りていたアパートはSRT東本線のクロンタン駅にごく近いです。バーンマイ百年市場のあるチャチューンサオまではエカマイからソンテオもあるのですが、シーロムに泊まっているのでMRTでフアラムポーンに出るのが便利です。

チャチューンサオ行きの10:10の列車がありますので、余裕ですね。kimcafeさんとは車内で待ち合わせですよ。

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<367列車>OMD10/ED14-42mm

この列車ですね。以前バーンマイに行った時も列車で行きました。この時は別の予定をしていたんですが、急遽変更しましてバーンマイに行くことにしたんです。たまたま、フアラムポーン付近にいたので列車を利用しました。その時の列車はディーゼルの編成でした(アランヤプラテート行き)。今回はチャチューンサオ止まりのオール客車の編成です。しかも、結構長いですよ。

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<あまり見ないツートーンの客車>OMD10/ED14-42mm

2019年の夏にハジャイからナコンシータマラートまで各駅で移動しましたが、その時乗ったのがこの色のツートーンの客車でした。

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<ロングシート>OMD10/ED14-42mm

中なこんな感じです。つり革もあるベンチシートの客車です。客車ですから、ドアは端にあるだけで車両の途中にはありません。その結果、超ロングシートとなりました。やっぱり快適性に劣るためでしょうか、乗客は今のところ少ないです。

チャチューンサオあたりまではバンコクまで通勤・通学圏になりますかね。つり革がある超ロングシートでも問題ないでしょう。でも、地方路線では勘弁してよですね。

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<クロスシート客車>OMD10/ED14-42mm

やっぱりこっちですよね。こちらの車両のほうがそこそこ乗客が乗っています。はじめのうちはボックスを独占でしたが、発車間際に向かいにふたり座りました。

ちなみに、チャチューンサオまでは13バーツという運賃です。チケットを買った窓口の前に並んでいたおばさんは、IDカードを見せ、現金を渡さずにチケットを受け取っていました。無料列車はなくなったときいていますので、老人割引でしょうか。

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<ほぼ人の家の庭>PowerShot

これ、フアラムポーン(クルンテープ駅、またはバンコク中央駅)からすぐのパヤタイ駅です。あるいはそのひとつ隣のマッカサン駅だったかな。

ここからはエアポートリンクの高架下を走ります。

この辺りは単線なんですが、徐々に整備されてきて複線区間が現れ、路床などもコンクリート製の枕木になったりします。これは東本線が貨物輸送に使われているためです。特に、シラチャの先にあるレムチャバン港はタイの重要な国際貿易港ですので、力を入れるのは当然です。でも、バンコクに最も近い辺りは荒廃してます。

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<検札>OMD10/ED14-42mm

クロンタンでkimcafeさんが合流です。乗車位置はfacebookのmessengerというアプリで連絡しました。ここまで30分程度です。

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<チャチューンサオ駅>OMD10/ED14-42mm

ここ止まりなのでわかりやすいですね。所要時間は1.5時間程度です。

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<ソンテオ>OMD10/ED14-42mm

駅前の通りにやってくる白にイエローのラインの入ったソンテオに乗車します。なんと8バーツという安さです。バーンマイに行くかどうか一応訊ねたほうがいいかと。ちなみに、話しかけたのはワタクシです。

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<到着記念>PowerShot

つうことで、無事到着でしたが…。続きます。

今日のコンタイ

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<ボックスの客>OMD10/ED14-42mm

ミラーレスの得意分野。ファインダーを使わなくともこんなことが至近距離で可能です。よい子は真似しちゃいけません。

★この旅レポもあと数回で終わります。これからはどうしても「かすてら音楽夜話」が多くなるかと思いますが、過去の未発表レポとか、様々な企画は考えてますので、ネタ切れになることはなさそうです。
でも、早く旅に出られるようになってほしいですね。音楽話のリクエストも募集してますよ。

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2020年5月 8日 (金)

泰緬鉄道・後半のハイライト

2019年12月31日(火)

再び、年末の泰緬鉄道です。

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<平野部>OMD10/ED14-42mm

クウェー川鉄橋を渡ると、やや車内は落ち着いた感じになります。列車は結構カーブを描きながら進みますが、山の中ばかりではなく田んぼの広がる平野部が現れたりします。

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<車内>PowerShot

また、クウェー川が左手に見えだします。次に現れるのがこちら。

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<チョンカイの切り通し>OMD10/ED14-42mm

絶壁すれすれです。乗客も身を乗り出して見入ってますが、本当に壁との距離が近いです。

 

続く映像はアルヒル桟道橋(タムクラッセー桟道橋)。泰緬鉄道の後半のハイライトです。

とても現代の鉄道では作れないと思われる、細い支柱の橋を時速10km/h以下で進みます。たぶん、それ以上のスピードを出せないか、出すと転落の危険がある箇所ですね。

これ、架け替えようと思っても無理なんじゃないすかね。そうなると当分運休ということになりますし。残念ながら列車の右側に乗っていたので、あまり迫力ある映像は撮れませんでした。ま、座席指定なんでしょうがないです。

この桟道の先のタムクラッセーの駅で半分くらいの人が降ります。この列車の折り返しを待って、外から列車が橋を渡るのを見たいのでしょう。列車の左側(クウェー川のある側)に確実に乗るには、終点のナムトクにバスで行って、戻りの列車に乗ったほうが確実かもしれません。

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<さらに列車は進む>OMD10/ED14-42mm

車内は幾分空いてきて、進行方向を向いて座れるようになりました。また、進行方向左手のボックスに陣取ることができました。そろそろ、列車も終点に近づきます。

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<ナムトク>OMD10/ED14-42mm

30分ほどの遅れだったような。なにもなさそうなところですが、駅前には数軒食堂などもあります。

さらに続きます。

今日のコンタイ

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<検札>OMD10/ED14-42mm

外国人100バーツで、タイ人は距離に応じた料金です。偽コンタイを見分ける眼力も必要ですが、あまり細かいことは言わないような気がします。

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2020年5月 3日 (日)

クウェー川鉄橋を列車で渡る

2019年12月31日(火)

記事がいろいろ錯綜しますが、ご了承ください。今回は年末のカンチャナブリーです。

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<カンチャナブリー駅>OMD10/ED14-42mm

12月30日にもカンチャナブリーからナムトクまでの列車に乗るつもりで駅に出向きましたが、「ものすごく混んでますよ」(駅員の英語。最近のタイの主要駅では窓口でほぼ英語が通じます。)といわれ、あきらめました。

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<チケットゲット>PowerShot

このナムトク支線は、外国人はどこまで乗っても一律100バーツです。例外はずいぶん先のターキレン・ナムトク間だけは50バーツだそうで。もちろんタイ人は距離に応じての料金です。こういうことを行っているのはタイ国鉄(State Railway of Thailand、略称SRT)でも、この路線だけです。

タイにどっぷりつかって見た目もしぐさもいかにもコンタイという人ならば、タイ人価格で乗れるかもしれません。ま、それだけドル箱路線ということですかね。

ともかく、この日は窓口で何もいわれず、チケットを手に入れることができました。なんと、座席指定です。手書きで書きこまれた数字が豪奢番号と座席番号です。1両あたり100席未満でしょうね。これを逃すと、座れません。裏ワザとしては、窓口ではなく、駅の脇で特別チケットを手に入れることです。これには乗車証明と保険、クッキー&ドリンク付きのスペシャル車両で、300バーツですね。これが4両分あります。

通常の100バーツの車両は2両ありますが、カンチャナブリー駅で発券されるのは1両分のみです。残りの1両は隣のクウェー川鉄橋駅で販売されるようです。列車自体は、バンコクのトンブリー駅から運行され、カンチャナブリーで6両増結されるのです。

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<記念撮影>PowerShot

すでに列車は待機しています。その前で自撮りです。見えている車両の最後尾に乗ることになります。

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<車内>OMD10/ED14-42mm

まだ早いのでガラガラですが、満席となりました。このあと、トンブリーからの列車が後ろに連結されました。そちらも満席です。

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<クウェー川鉄橋駅>OMD10/ED14-42mm*画像は前日のものです

一駅でクウェー川鉄橋駅に到着しました。英語表記では相変わらずクワイ川なんですね。ここからは、映像でお楽しみください。結構長く撮りました。

 

いかがでしたでしょうか。超スロー運転です。ディーゼル機関車と車両の能力的にはもっとスピードを出しても問題ないはずですが、観光客がやたらいますからね。

橋脚の両側にあるスパンという部分がなだらかな曲線を描いている部分(岸に近いほう)が日本軍が作ったオリジナルで、角ばっている台形の部分(中央部)が修理されたところですね。

続きます。

今日のコンタイ

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<後ろの席の子供>OMD10/ED14-42mm

座った席はなんと、通路側でした。ボックスの残りの3席はなんと、インド人です。ひとり、インド人の男の子がいて、それにちょっかいを出すタイ人の女の子という図です。

こういう時、ミラーレスは便利ですね。ファインダーを使う必要がありません。シャッター音も静かですし。同じようなやり方で撮ったもの、まだありますぜ。

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