カテゴリー「Vehicle」の276件の記事

2021年9月21日 (火)

最後のJAL、今のところ

Wt0001

<夕刻の成田空港>GR DIGITAL

渡航をするのに御贔屓の航空会社はほぼありませんで、その時(予約の時期にもよりますが)チケットの安い会社を選びます。

それでも、JALやANAのカード(クレジット機能のないもの)は所有しておりますが、親元の航空会社にはほとんど乗ることはないという矛盾が生じております。ま、自分の渡航状況ではいくらマイルをためても特典旅行にはなかなか結び付かないということもあります。

ということで、今回はこれまで一番最後に乗った日本航空の話です。

Wt0004

<JL809便>GR DIGITAL

2012年12月末、成田から桃園への短い飛行です。機材はボーイング737-800型。座席はいつものように通路側を指定しました。

でも、この機材は中央通路を挟みエコノミークラスで3席ずつという小さいものですから通路側に当たるのは1/3の確率になります。ま、中央も窓側も同じことなんですが。

Wt0006

<機内食>GR DIGITAL

桃園までは約4時間というフライトです。早速機内食が出ます。

通常ならば、2種類くらいから選択可能なんですが、この時は有無をいわせずこれだけ。しょうがねえなあと思いつつ、飲み物はプレモルなんかを選んだりします。

Wt0007

<和食弁当>GR DIGITAL

こちらはおかずです。ただ、エコノミーにしては期待が持てそうな気もします。

Wt0008

<お品書き>GR DIGITAL

日本の航空会社は芸が細かいですね。某国のV航空などはお品書きがあったものの、後で回収されるというトホホなこともありました。

Wt0009

<御開帳>GR DIGITAL

こんな感じ。湯呑みもあるということは、日本茶が出るのですね。

Wt0011

<幕の内風>GR DIGITAL

一口サイズですが、内容はいいんでないかい。

セブンの弁当というよりは京樽の上質弁当みたいですよね。

Wt0010

<ごはん>GR DIGITAL

鰆だったかの焼き魚とひじきが付きます。ごはんにはゆかりを散らしていますね。

日本人なら普通に白飯でいいんですが、同じコメ文化を持つ中華圏や韓国などの航空会社ではただの白飯ということはないですね。普通にコメが美味しくないという事情もあるんでしょうかね。

ま、この後はひたすら眠く、気づくと到着間際でした。

そして、台湾旅行も終わり、年の明けた2013年1月、当然ながら帰りもJALです。

Wt1175

<JL802便>GR DIGITAL

安い航空券の宿命、夜に到着し、早朝の出発です。

この時は空港まで鉄道が乗り入れてなかったので大変でした。台北駅までは近かったので歩いていきましたが、高鐵(台湾新幹線)で桃園まで出て、バスに乗り換えです。おかげで朝食はコンビニで仕入れたカップ麺あたりでした。

Wt1176

<今回は普通>GR DIGITAL

帰りは気流の関係で3時間で到着します。もうあっちゅう間。

こちらも選択肢はなく、これ一本鎗でした。しかも、メニューもなくなります。

Wt1178

<茶そば>GR DIGITAL

海外から日本に向かう便は茶そばが出る確率が高いですね。

戻りはごく普通になり下がりましたが、行きの時は夕食ということでちょっと豪華に見えるものだったのかと推測します。JALだからというわけでもないみたいですね。

この時以来、乗ってないんですがね。

航空会社も赤字が続いているようなので、成田や羽田から日本上空をぐるっと回り、機内食も味わってもらい、同じ空港に戻ってくるという企画などをやっているとか。ま、わたしゃ、そんなものに金は払いませんけど。

最後に航空機に乗ってからそろそろ2年経つなあ。来年には飛び立てるでしょうかね。

| | | コメント (0)

2021年7月10日 (土)

いすゞのトラック

Jp0239

<いすゞエルフ>KP/DA21mm

いすゞプラザ最終回。

こちら、いすゞの主力となるトラックです。

Jp0242

<コックピット>KP/DA21mm

マニュアルトランスミッションの運転席です。昔は乗用車がこんな感じで計器類がドライバーに向いているクルマもありました。ま、トラックだとほぼひとりで乗りますから、すべてに手が届くような作りになってますね。

こちら、1階の「いすゞの今を感じよう」というコーナーでした。

それでは、2階にバス・トラックの歴代の名車も展示されているのでそちらに参ります。

Jp0251

<戦前のバス>KP/DA21mm

確か20名も乗れないようなバスです。車幅も狭そう。

Jp0250

<えっ>KP/DA21mm

近頃側近をやたらと侍らせて、拗ねたような表情で記者会見するあの方のサイン入り認定証が飾ってありました。

Jp0254

<TX80>KP/DA21mm

後年いすゞのトラックなどの車両のベースとなった車種です。作りはやはり戦前で戦後もこちらが走っていたそうで。

Bi0422

<コラートのTX>KP/DA18-50mm

いすゞのトラックといえばこれでしょう。現在は生産されてませんが、ワタクシが小さい頃はやたらと見ました。

中国の青海省やチベット自治区でもやたらと走ってました。タイではバンコクのヤワラートでも見かけたことがあります。

こちらが戦前から脈々と続くTXの最終形だそうです。ボンネットを持つタイプですが、なんと1979年まで生産されていたそうで、海外向けは1980年まで生産されたそうです。1950年代のものかと思いましたが、1960年代くらいのモデルのようです。

Jp0260

<いすゞエルフ初代>KP/DA21mm

エンジンを運転席の下に配置し、ボンネットをなくしたキャブオーバー型の小型トラックです。初代は小さいですね。

でも、このクルマが冒頭のエルフにつながっていくわけですよ。

Jp0294

<いすゞギガ>KP/DA21mm

こちらさすがに屋外展示でした。最も大きいトラックですね。

 

つうことで、締めはこの歌で。

| | | コメント (0)

2021年6月23日 (水)

いすゞのその他の乗用車

いすゞプラザの続きです。

Jp0292

<いすゞピアッツァ>KP/DA21mm

いすゞプラザを入ってすぐに展示してあるのがこのクルマです。

いすゞピアッツァ。1981年デビューですから40年前のクルマです。

Jp0291

<リア>KP/DA21mm

バス・トラックメーカーとは思えないような外観なのは、イタリアのジウジアーロにデザインを依頼したからです。

Jp0287

<フロント>KP/DA21mm

ベースとなったのは初代ジェミニと同じGMのTカーです。いわば、大衆車と同じですね。

「羊の皮を被った狼」という言葉がクルマの世界にはあります。外観は冴えないオジサン仕様のセダンでありながら、中身のエンジンとサスペンションが走りに特化しているようなクルマですね。

その真逆でいかにも走りがよさそうに見えるものの、実はたいしたことはない。それがピアッツァですかね。「エレガントな皮を被った実はジェミニ」なんです。

エンジンはターボを付けたり、のちにロータスやイルムシャーというチューニングメーカーに依頼し、サスペンションも改良を加えるなど、努力はしましたが、所詮はジェミニです。

おそらくはこのデザインに惚れ込んだ人が購入することが多かったのではないでしょうか。

このモデルは1991年まで作られましたが、当時のいすゞのフラッグシップカーであったことは間違いありません。

こののちに二代目が生産されました。そちらは新しいジェミニをベースに開発され、駆動方式も前輪駆動のFFに変更されました。

現代の車に置き換えると、車幅は5ナンバー一杯ではなく、サイズ的にはトヨタヤリスや日産ノート、ホンダフィットより少し全長が長いくらいです。

それにしても、自社生産の乗用車をすべて展示していないことが残念です。

と、いうことで、ネットから拾ってきたいすゞの乗用車をまとめて紹介です。

Florian

<いすゞフローリアン>

いすゞベレルの後継車種になりますか。

1967年から1983年まで生産していた中型の車種です。直接のライバルはトヨタコロナや日産ブルーバードですので、太刀打ちできませんね。

ほとんどマニアックな人が購入していたのではないでしょうか。

のちにフローリアンアスカという後継車種に生まれ変わりやや時代にマッチするデザインとなりましたがこちらも短命に終わっています。その後はスバルとホンダからOEM(他社製品を生産すること)でアスカを名乗らせ、2002年に発売が終わり、いすゞの乗用車もこれで完全に幕を下ろしました。

Belett

<いすゞベレット>

こちらは1963年から1974年まで。

ボディタイプは4ドアセダンと2ドアセダンがあり、いすゞとしてはジェミニと並ぶ人気車種です。

いかにも走りそうな面構えですね。GTというタイプがあり、ユーミンの歌詞にも「ベレG」として登場するほどです。

ということは、50年くらい前の状況ではちょっとしたお金のある家の長男坊が購入していろいろとチューニングを施し、同年代の女子に見せつけるといった図が思い浮かびます。

これ、中古車市場でもそれなりに人気があるのではと思いますね。後継はジェミニです。

117coupe

<いすゞ117クーペ>

こちらは、1968年から1981年まで生産されたロングセラーです。

ベースはフローリアンですが、デザインは一新され、カロッツェリアに依頼されます。手がけたのはカロッツェリアにいたジウジアーロ(のちに独立)ですので、ここから関係が生まれました。

このようなクルマを普通乗用車でも生産していたら、トヨタや日産、ホンダには対抗できなかったのせよ、インパクトのあるメーカーとして今でも乗用車生産を行っていたかもしれません。

さて、いすゞのクルマはこれだけではないのでさらに続きます。

| | | コメント (0)

2021年6月20日 (日)

さくらの山でエアプレインウォッチング

4月のミニトリップの続きです。

Cido117

<かつて来た場所>OMD10/ED14-42mm

ずっと以前にヤムの会でワットパクナム日本別院を訪れた帰りにここには来ております(記事にはしてません)。

空の駅なんてものがあったのか。ここは成田空港の滑走路が見える、さくらの山という公園です。当時は確か2月というとてつもなく寒い時期で強風が吹き荒れておりました。

飛行機が見えることは見えますが、GR DIGITALという35mm換算で28mm単焦点のコンデジしか持っていませんでしたので、まったく写真を撮っておりません。

今回、道の駅風和里しばやまから東関東自動車道へと向かい、そろそろ帰ろうかというところの途上にここがあったので、立ち寄ってみました。そして、カーナビには「空の駅」というものも表示され、ここで昼食を取っていってもいいかなと考えたのです。ま、食事のほうは大したものがなく、パスしましたが。

Cido129

<ピーチ>OMD10/ED40-150mm

空の駅から丘を登ると、目の前は成田空港です。

早速、望遠ズームに付け替えます。このレンズを使うのも1年以上ぶりです。

すると、LCCのピーチが到着いたしました。

Cido124

<JAL>OMD10/ED40-150mm

離陸の場面。大半の飛行機には乗客はほとんど乗っていないはずです。大方物資を運んでいるのでしょう。

大型のボーイング767、777、787とかエアバスA380などは皆無で、小型の機体が多かったような。

Cido126

<見慣れない機体>OMD10/ED40-150mm

ひときわ目を引く飛行機が滑走路に向かいます。主翼が胴体の上部から生えている感じです。「Volga」という文字も見えました。

調べてみましたが、アントノフのAn-124という機材です。もともとはソ連の飛行機製作メーカーで、ソ連崩壊後はウクライナに本拠のある会社ですね。

そして、ヴォルガ・ドニエプル航空が所有する機材でした。こちらの本拠はロシアです。

Cido132

<指示待ち>OMD10/ED40-150mm

こちら滑走路上。管制塔の指示待ち待機中。これがえらい長かったです。

耳慣れないヴォルガ・ドニエプル航空ですが、国際貨物チャーター事業がメインとなり、日本へは定期便は飛んでいません。

請け負った仕事が、マイケル・ジャクソンやマドンナのステージ機材の輸送とか、JAXAの実験棟「きぼう」をケネディ宇宙センターまで運んだ実績もあるとのことでした。

なかなかすごい仕事をしてますね。

動画も撮ってきました。

 

それはいいのですが、コンデジで風が強くしかも手持ちですから、ブレまくり。

さあ、あと数分で宣言解除ですね。

| | | コメント (0)

2021年6月 1日 (火)

ヒルマンミンクス

Jp0285

<初代>KP/DA21mm

いすゞプラザの続編です。

いすゞプラザの自社製品のレストアされた乗用車(すでにいすゞでは乗用車は生産してません)のコーナーが終わり、出口へ向かおうかという一角にクラシックなクルマが展示されていました。

Jp0283

<二代目>KP/DA21mm

それが「Hillman Minx」(ヒルマンミンクス)という乗用車です。

Jp0276

<ヒルマンミンクス>KP/DA21mm

見ての通りのクラシックカーですが、1950年代まで存在したイギリスの自動車メーカー、ルーツ自動車内のヒルマンというメーカーのクルマです。このあたりちょっと複雑ですね。

乗用車部門を持たなかったいすゞはルーツ自動車と提携し、ヒルマンミンクスをノックダウン生産することになりました。1953年のことです。

手前の展示車が二代目、奥が初代になります。

Jp0277

<二代目ヒルマンミンクス>KP/DA21mm

一見初代と二代目は違いが分かりにくいですが、フロントフェイスとサイズが異なります。

二代目の登場が1956年で、翌1957年にはパーツの組み立てではなくすべてを自社生産することができました。

このようなところで1台ずつスポットライトを浴び、台上で展示されていると、クルマも大きく見えます。

ですが、二代目のサイズは、全長4140mm、全幅1543mm、全高1510mmです。ホイールベースは2438mm。これを現代のクルマと置き換えてみると、長さはトヨタヤリスや日産ノート、ホンダフィットよりやや長いくらい。車幅は当時と安全基準がかなり変わりましたので単純比較はできませんが、現代の軽自動車よりやや広いくらいです。

取り回し感がわかりませんが、これなら都内の狭い道でも入って行けそうです。

Jp0286

<白いタイヤ>KP/DA21mm

白いといってもサイドウォール部分ですが。

こういうタイヤはそれこそ1950年代のアメ車、それもバカデカのキャディラック、それもオープンカーなどが履いていたイメージがあります。もっとも、さすがに現物を見たことはなくて、映像の中だけですけど。

ともかく、こんなタイヤが似合うヒルマンミンクスなのでした。

Jp0280

<リア>KP/DA21mm

エンジンは初代が1.3リットルで、徐々に拡大され、1.4リットル、最終的には1.5リットルまでになりました。

初期のクラウンやセドリックもそのサイズのエンジンだったんじゃないかな。

ヒルマンミンクスは1964年で製造を終え、後継車は自社で設計したベレルになりました。

ですが、ほとんどクルマとしての進化が見られず、がっかりなつくりでしたけど、小型車のベレットが人気モデルとなりました。

ともかく、ヒルマンミンクスがいすゞの乗用車の基礎になったことだけは違いありません。1960年代後期から1970年代の初期くらいまで、ヒルマンミンクスも結構走っていたのを思い出します。

続く。

Il1206

<メコンの滝>K-7/DA21mm

待望の6月1日となりましたが、予想通りでございます。あー、どこか行きたい。

| | | コメント (0)

2021年5月25日 (火)

いすゞプラザに行ってみた

Jp0295

<いすゞプラザ>KP/DA21mm

4月某日、神奈川県藤沢市にあるいすゞプラザに行ってきました。

その前は日野オートプラザに行ってきたのですが、いすゞプラザもまた、自動車博物館なのです。

しかも企業博物館ですから無料です。ただし、ここも予約制で数日前にメールで予約しました。2時間限定の自由見学です。

Jp0240

<いすゞのトラック>KP/DA21mm

いすゞといいますとこれまた日野自動車同様にバス・トラックに特化したメーカーです。

2階は小中学校の社会科見学にも対応するような、工場のラインの仕組みの開設や、自動車の基本部品の解説、体験コーナーとなっています。

ま、そのあたりはスルーして、展示車にまいります。

Jp0262

<いすゞベレル>KP/DA21mm

こちら、いすゞが初めて自社で開発し、生産した乗用車です。

こちらヘッドライトが丸目の二灯式ですので、前期型みたいですね。後期型は丸目の縦四灯式になります。生産開始は1962年と日野自動車のコンテッサよりもわずかに遅いです。

Jp0263

<ベレルのリア>KP/DA21mm

コンテッサよりも1年遅れで登場したベレルですが、排気量1991cc(ガソリン・ディーゼル)と1491cc(ガソリン)の3車種構成でした。車格としては当時の大型車に相当します。

トヨタですとクラウン、日産ではセドリックあたりに相当するクルマですね。

Jp0261

<ベレル>KP/DA21mm

2000ccクラスのディーゼルですが、なんとエルフ(小型トラック)のエンジンを強引に収めたというシロモノでした。

コンテッサと違いエンジンは前置きで後輪を駆動するFR方式です。ただし、あまりにもなデザインが影響してかかなりの不人気車でした。生産は1967年に打ち切られ、後継車種のフローリアンに受け継がれますが、このフローリアンも不人気でした。

そんなクルマですが幼少期に何回かは見かけたことがあります。

Jp0269

<いすゞジェミニ>KP/DA21mm

どういうわけか、フローリアンも人気車のベレットも展示がなく、自社生産の乗用車はこちらが展示されていました。

ジェミニというと後年パリをアクロバティック走行するCMが話題となりましたが、そのクルマは二代目でこちらではありません。

この初代ジェミニは1974年に登場しました。そのころ、いすゞはアメリカのGM(ジェネラルモーターズ)と深い関係があり、大衆車部門で「同じシャシーから派生したクルマを世界中で展開する」Tカーという構想がありました。

その戦略に乗ったのが初代いすゞジェミニです。ベースは西ドイツ(当時)のオペル・カデット(Cタイプ)で、アメリカ、オーストラリア、韓国などで姉妹車が作られました。

いすゞというメーカーが乗用車部門で世界に名を知らしめたクルマともいえます。

こちらも後輪駆動のFRで、セダンとクーペが作られました。

Jp0271

<ジェミニのリア>KP/DA21mm

エンジンは1600ccのガソリンで、のちに1800ccのガソリンとディーゼルが追加されました。

カテゴリー的には小型車ですが、他のメーカーを持ち出すとトヨタならコロナ、日産ならブルーバードよりやや小さい、カローラやサニーよりやや大きい位置づけでしょうか。

Jp0270

<初代ジェミニ>KP/DA21mm

またのちに、ライトは角目に変更され、フロント部分も下部がややせり出すスラントノーズに変更されました。

後年、オペル・カデットの新世代モデルをベースとしたFFの二代目ジェミニが登場しますが、よほど人気があったのか初代のFRジェミニもしばらくは並行して販売されたほどです。

見た目は地味ですが、いすゞの誇る名車ともいえましょう。

続きます。

| | | コメント (0)

2021年5月 8日 (土)

日野のバス・トラック

Jp0191

<ボンネットバス>PowerShot

日野オートプラザの最終回です。

懐かしのバスですが、さすがにこれには乗ったこともないし、走っているところを見たこともないです。

Jp0203

<運転席付近>PowerShot

中はなんとワンマン対応。料金箱などもあります。ということは、1970年代くらいまで日本のどこかではこのボンネットのあるバスが走っていた可能性はあるかもしれません。

床は木製で全席ベンチシートでしたが。

Jp0147

<ボンネットトラック>PowerShot

こちらは屋外展示でした。とはいえ、雨ざらしではありませんでしたが。

よく見ると、屋内展示のボンネットバスとほぼ同じ形です。

このトラックは1990年代に中国で走っていました。よく見たのが、青海省とチベット自治区で、未舗装路にも強そう。現在はさすがに中国でも走ってないのではないでしょうか。

Jp0144

<はしご車>PowerShot

また、ボンネット系の車両ではかつて沖縄市消防署で使用されたタイプも展示されていました。

以前は「コザ市」という名称だったのですが、改称されたのが1974年ですから、日本各地の消防署で見かけた車種ということになります。

隣のボンネットトラックとは形も違いますね。

Jp0152

<日野レンジャー>PowerShot

現在日野のトラックの主流が「レンジャー」ですかね。

こちらの屋外展示車はパリ・ダカールラリーに出場したものです。

このラリーにはカミオン(トラック)部門というカテゴリーがあり、1991年の日野自動車50周年を機に参加をはじめ、現在まで連続で出場しています。

1997年には部門優勝をしています。

ちなみに、「♪日野の2トン」はデュトロという車種です。

Jp0158

<トラックの運転席>PowerShot

すべての車種のコックピットが解放されているわけではありません。それは、コロナ対応ということで。

で、これを覗くと、ダイヤル式やボタン式のオートマチックトランスミッションだったり、クラッチがあるのにトランスミッションはオートマチックっぽい形のものがあったりしました。

たとえ、プロドライバーでも運転は手間を軽減したほうがいいですからね。

まだ展示車はありましたが、このくらいにしておきましょう。ちなみに、その後また別の自動車博物館を訪れております。

| | | コメント (4)

2021年5月 6日 (木)

銚子電鉄に乗ってみた

Cido076

<JR銚子駅>OMD10/ED14-42mm

JR総武本線の終点、銚子駅です。JRとしてはどん詰まりの駅ですが、さらに私鉄の銚子電気鉄道が外川まで6.4kmを運行してます。

鹿島神宮の後にここまでやってきました。宿も銚子に取りまして、魚介料理の夕食を楽しみにしてますが、早めにやってきたのは、明るい時間に銚子電鉄に乗るという目的もありました。

では、切符を購入して終点の外川までを往復しようと思ったのですが、切符売り場が見つかりません。学生の時にサークル活動でここに来て、銚子電鉄にも乗ったはずですが、その時の記憶は全く残っておりません。

案内所のようなところで訊ねると、改札を入って銚子電鉄の車内で切符を買うのだということです。改札はそのまま通ってよいとのこと。でも、直前に電車が出たとのことで、30分以上の時間待ちです。

Cidc123

<ホームのモニュメント>PowerShot

自動改札ではない有人の改札で銚子電鉄に乗るという旨を告げ、銚子電鉄のホームへ。しかし、この21世紀に改札をスルーできる駅があるとは。しかも、銚子電鉄はSUICAもPASMOも使えないんです。これは、相当経営が逼迫していますね。自動券売機もないのですから。

Cido085

<どこかで見たような>OMD10/ED14-42mm

銚子電鉄のホームは総武線・成田線の発着するホームのはずれに、切れ目を入れるような形でちょこんと存在しました。JRから(へ)の乗り換え客のために、非接触型のSUICAとPASMO用のタッチパネルが置かれています。でも、銚子電鉄は定期券を持つ客以外は車内でチケットを購入するんですね。

しばらくすると電車がやってきました。2両編成です。なんか見たことがある電車だなと思ったら、京王井の頭線の車両じゃないですか。懐かしすぎる。

…というのは、乗車時の感想で、実際は伊予鉄道から譲渡された車両だそうです。でも、その車両はもともと京王電鉄京王線のグリーンに塗装されていたもので、台車は1067mmに付け替えられたものだそうです。雰囲気と塗装が井の頭線を彷彿とさせたのでしょうか。でも、京王線の緑の各駅だったらちょくちょく利用していたので、もしかしたら乗ったことのある車両という可能性もありますね。

Cido086

<1日乗車券>OMD10/ED14-42mm

2両編成ですが、基本ワンマン運転です。車両の前後にバスのような料金箱があります。乗り込んで先頭車両の席を確保しようと歩いていると、女性の車掌に呼び止められ切符を購入しました。

銚子ー外川の料金が350円です。「外川まで往復で」と告げると、700円の1日乗車券を売ってくれました。一応乗り放題ということになります。実際には主要駅に観光的なものがないので、実質的な往復切符ということになりますか。

Cido087

<外川方面の先頭車両>OMD10/ED14-42mm

つり革もありますが、通勤時間帯でも満員になることはなさそうです。この時は適度に人が乗ってましたが、全員座れていました。

Cido089

<レトロ調>OMD10/ED14-42mm

このようなホーロー看板をどうやって見つけてきたのか。まあ、経営努力なんでしょう。

路線バスにあるような料金表示だけが現代とマッチします。

Cido092

<中吊り広告>OMD10/ED14-42mm

この「絶対にあきらめない」というのが銚子電鉄のキーワードみたいです。

そして、駅名には別に愛称がついてました。銚子駅が「絶対にあきらめない 銚子」で、終点の外川が「ありがとう 外川」でした。秀逸なのが本社のある本銚子駅が「上り調子 本調子 京葉東和薬品 本銚子」というのと、笠上黒生(かさがみくろはえ)駅が「髪毛黒生」でした。ダジャレ好きなのかもしれません。

Cido090

<レトロ看板>OMD10/ED14-42mm

それにしても、レトロな看板を掲げていますが、スポンサー料は頂いていないはず。逆にかつてカルピスで肝油を作っていたのかということを学習しますね。

Cido095

<外川駅>OMD10/ED14-42mm

終点です。銚子電鉄には乗り鉄以上に訳のわからない人が乗り込んでますし、この駅にも何をするわけでもないおじいさんが待合室にたたずんでました。

Cido098

<かつての車両>OMD10/ED14-42mm

外川駅の引き込み線に留置してある車両です。こちらも伊予鉄道からのもののようです。古色蒼然として見えますが、2010年まで現役だったようです。

Cido103

<銚子駅の掲示板>OMD10/ED14-42mm

「(非)電子掲示板」とは、ここでも遊び心が発揮されています。ちなみに、中央のポスターは銚子電鉄の制作した映画です。

 

動画も撮ってきたので見てください。

続きます。

| | | コメント (6)

2021年5月 2日 (日)

日野市民のアシ

日野オートプラザの続きです。

Jp0192

<展示車両>PowerShot

大昔のことですが、日野市に住んでいたことがあります。

日野市には日野自動車の本社があります。かつては工場があり、ここでクルマを生産する工場がありました。前の記事で、日野自動車がルノー4CVという乗用車を生産していたことを書きました。

4CVによって、乗用車作りのノウハウを学んだ日野自動車は自社生産による乗用車も生産するようになったのです。

Contessac

<日野コンテッサ>*画像はネットで拾いました

それがこのクルマ、日野コンテッサ(Hino Contessa)です。

かつて、日野市に住んでいたことがあると書きましたが、当時の自宅周辺にはこのコンテッサが結構たくさんありました。

現在で例えれば、広島市民、県民のクルマはマツダが強いというようなものでしょうか。ともかく、1960年代の日野市では愛されたクルマといえます。

当然、日野オートプラザにもコンテッサは展示されております。

Jp0171

<初期型コンテッサセダン>PowerShot

丸目二灯のコンテッサの面構えです。*正面からの画像はあるにはありますが、ボケがひどく割愛させてください。

Jp0174

<リア>PowerShot

この初期型ですが、900ccという排気量です。そして、現在の乗用車ではトランクにあたる部分、後端部にスリットが入っているのがお判りでしょうか。

このクルマもまた、エンジンがリアに積まれていたのです。ルノー4CVから技術を導入したわけですので、リアエンジン・リアドライブ(RR)となるのは当然でしょう。

また、この時代、乗用車といえば箱形のセダンが当たり前で、ハッチバックとかワゴン、ひいてはSUVなんてものはないのです。

ハッチバックやワゴンの形のものは商用車で、SUVに近いものは三菱ジープ(これまたノックダウン生産)しか存在しませんでした。

Jp0183

<コンテッサクーペ>PowerShot

その後、エンジンは1300ccに拡大されたようです。こちらの丸目四灯の面構えは、クーペタイプでドアは2枚です。

Jp0185

<リア>PowerShot

ピカピカに磨き上げられた、やや丸みを帯びたスタイル。なかなかスタイリッシュだとは思いませんか。

ちなみに、セダンはコラムシフトで前席はベンチシートになってました。クーペはフロアシフトです。前席も運転席と助手席が分かれたシートです。

そして、コンテッサから5人が乗車できるようになりました。

Jp0187

<日本GP出場車>PowerShot

こちらセダンタイプですが、日本グランプリに出場したクルマです。

当時は日本GPといっても、F1が日本に来たわけではなく、主に市販車の改造車が戦っていたのです。

Jp0189

<リア>PowerShot

カーナンバー付きのこのクルマ、エンジンを大幅に拡大しているはずです。と、いっても現代のヤリスやノート、マツダ2、フィットの市販車のほうが早いとは思います。

改造車の証として、バックギアに入れたときに光る後退灯がありません。無駄なものは省くのがレースの常識です。でも、ハンドルとかの改造はなく、コラムシフトのままでしたけど。

Jp0182

<これもコンテッサ>PowerShot

こちらは、コンテッサ900スプリントというクルマで、海外のモーターショーで参考出品されたものです。

Jp0178

<リア>PowerShot

流線形に近いボディはイタリアのミケロッティのデザインです。もっとも、コンテッサクーペもミケロッティに依頼してますが。

海外の展示のため、左ハンドルでした。エンジンも改良を受け、150km/hを出したといわれてます。

ただし、このクルマはとうとう市販されることはありませんでした。当然ながら、日野市でも走ってなかったです。

今では武骨なトラックメーカー、堤真一とリリー・フランキーが「トントントントン、日野の2トン」などとかましてますけど、昔は素敵な時代があったんです。

しかし、その後はトヨタの傘下に入り1967年に乗用車生産は終了し、バス・トラックメーカーに特化しました。ただし、トヨタのパブリカとカリーナを作っていた時期もありました。

もうすこし、続きます。

| | | コメント (0)

2021年4月26日 (月)

時空を超えて日野ルノーに会いに行く

Jp0160

<日野オートプラザ>PowerShot

ある日、JAF(日本自動車連盟)の会報誌を眺めていたら、自動車博物館の記事がありました。それに載っていたのが、日野オートプラザです。

博物館でありながら企業がやっているということで、入場料はありません。ただし、昨今の事情で予約を入れて、1時間限定の見学となります。場所も自宅から比較的近いので、前日でしたが電話予約し、オープンの10時から一番乗りでした。

ほかの見学者はいなくて、博物館独占です。

4cv

<日野ルノー>*こちらはネットから拾いました

日野自動車というと今やバス・トラックのメーカーですが、かつては乗用車も生産していたんですね。

とりわけ、日野ルノーと呼ばれるかつてのルノー公団(フランスの国営企業)の「4CV」という車種を日野自動車はノックダウン生産(部品を輸入し組み立てること)していたんです。4CVが世に出たのは1950年代のことで、日野自動車はその後ノックダウンではなく完全に部品から4CVを作ることができるようになったのです(これをライセンス生産といいます)。

それから十余年、この日野ルノーが我が家にやってきたんです。そう、父親が中古車を買ったんですね。もっとも、相当なオンボロだったようで、それはごく短い期間でしたけど。

Jp0164

<フロント>PowerShot

画像がぼけていてすいませんね。コンデジは室内であってもファインダーがないのでピントの確認が甘くなります。逆光だと見づらいし。

このボンネット部分が膨らんだ形状ですが、この下にはエンジンがありません。

Jp0167

<リア>PowerShot

エンジンはこの部分にあります。現代のクルマでいうとトランクにあたる部分。つまりはエンジンを背中に背負って走っているようなものです。

今や日本の乗用車では絶滅したリアエンジン車ですが、フォルクスワーゲンのビートル(カブトムシ)、ポルシェなどがこの形をかたくなに守っています。ま、60年以上前の設計ですから、昔は相対的にエンジンが大きかったともいえますね。

それに、この時代は後輪駆動、つまり「RR」レイアウトが採用されております。この点もビートルやポルシェと同様です。RRですと、全長の割には室内を広くレイアウトできたそうです。その代わり、ボンネット下のトランク部分が狭いという欠点もありました。

Jp0166

<サイド>PowerShot

ドアの形状が独特です。観音開きならぬ、逆観音開き。つまり、中央のドアヒンジを共用して前後のドアが合わさるように開きます。

そして、前のドアウィンドウの三角窓。家庭にもエアコンのない時代ですから、クルマにエアコンがないのは当たり前。三角窓を少し開けると、ベンチレーターの役目を果たします。

現代のクルマですが、開かない小さな三角窓があることをご存じでしょうか。ドアミラーの死角をなくすために設けられたものです。

後ろのドアウィンドウですが、前後にスライドさせるやり方です。前のサイドウィンドウは懐かしのくるくる回すタイプです。

Jp0169

<タイヤ>PowerShot

日野オートプラザに展示してあるクルマはドアが開かずウィンドウも閉まったままなので、内部の画像が撮りにくいです。撮るには撮りましたが、お見せできません。偏光フィルターがあるといいのですが。

トランスミッションは床から延びるいわゆるフロアシフト式で、3速(3MT)。この時代、ステアリングコラムから延びるコラムシフトがほとんどでしたから、先進的ではあったのかもしれません。もともとフランスのクルマだし。

主要諸元
全長:3663mm 全幅:1430mm 全高:1440mm 車両重量:640kg
エンジン形式:水冷直列4気筒 総排気量:748cc 最高出力:21PS

現代なら軽自動車並みのサイズです。でも、存在感があって大きく見えます。出力は昔の表示で、今に換算すれば「全然走らねー」ことになりますが、日本の高速道路の当時の最高時速、100km/hには対応していたそうで。

また、形式はわかりませんがクラシックな外観にもかかわらず、四輪独立懸架のサスペンションだそうです。

ヤフオクなどを見ると、価格も載ってますから現在でもオーナーは数名いるみたいですね。

また、日野ルノーを見ることのできる場所は、日野オートプラザだけかと思いましたが、なんとトヨタ博物館に展示されているみたいです。愛知県だけど。

日野オートプラザ

まだまだいろいろな展示がありましたので、あと数回記事にします。不定期ですが。

| | | コメント (0)

より以前の記事一覧