カテゴリー「Vehicle」の285件の記事

2022年12月29日 (木)

小舟で越える国境

陸路・海路の国境越え<3>

Mk0614

<メコン>PENTAX MZ-3/FA35mm

今回のルートは、2008年、タイのチェンコンからラオスのフアイサイへと渡るものです。

文字通り、「渡る」のです。つまりは、ほとんど小舟といっていい、エンジン付きのボートでメコンを渡河するものでした。

この日の出発は、チェンラーイ。ここから、バスでチェンコンを目指します。

Mk0570

<チェンコン行きバス>RICOH GR DIGITAL

チェンラーイのバスターミナルから小さなバスに乗り込みました。ノンエアコン、非座席指定。チケットは車掌から購入しました。

当時バックパックを使用していて、これをどうするのかときくと、このようにエンジンカバーの上に置いたらと促されました。紫のザックカバーがかかっているやつです。

ちなみに、ワタクシが旅にキャリーバッグを使用するようになるのは、この翌年からですが、しばらくはこのバックパックも併用してました。

Mk0575

<チェンコン>MZ-3/FA35mm

到着しました。寂しい街です。ここからトゥクトゥクでイミグレーションに向かいます。

当時、タイ語の単語もほとんど覚えてないような状態でしたが、さすがに国境の町です。トゥクトゥクドライバーもこちらの風体を見てどこに行きたいのかすぐに判断できたようです。

Mk0577

<トゥクトゥク>MZ-3/FA35mm

チェンコンのトゥクトゥクはバイクが客用の座席を引っ張るようなタイプです。

Mk0581

<対岸はラオス>MZ-3/FA35mm

たくさんのボートが待機している場所でした。対岸のフアイサイまで1kmほどあるように見えました。

Stmp07

<タイの出入国スタンプ>PowerShot

この時のスタンプです。左が入国スタンプ。どういうことか、プーケットの空港のスタンプなんですが、TGのプーケット経由便でスワンナプームに到着したからです。プーケットースワンナプーム間は国内線扱いでした。

そして、右がチェンコンの出国スタンプです。さすがに越境者が多いためか、スタンプが摩耗して文字が読めません。

Mk0582

<さあ、出発>MZ-3/FA35mm

人数がそろえば出発です。タイ人なのかラオス人なのか、ともかく地元の人が多かったですね。ほとんど、荷物は持ってないんです。せいぜいがビニール袋くらいでしょうか。

なお、メコンのような大河を横切る場合、川の流れがあるので、上流に向かうように舵を切りつつ対岸に向かうことになります。

エンジンの振動もあるのでしょうが、対岸のフアイサイの街が舳先の方向と微妙にずれていて、かなり揺れているように見え、心理的に気持ち悪かったです。

Stmp08

<ラオス出入国スタンプ>PowerShot

ボートの到着したところがフアイサイのイミグレです。入国スタンプは左側です。右はその後に向かったボーテンの出国スタンプです。

この前年くらいに日本のパスポート所有者にはビザが免除されました。ただし、15日間のみで、これは現在も変わっていません。

欧米人にはビザ免除がまだなかったようで、数名のバックパッカーがアライバルビザを取るのに並んでいました。もちろん、日本人も希望すればアライバルビザは取れます。

Mk0626

<ホテルの屋上より>GR DIGITAL

翌日は天気が戻ったようです。とはいえ、雨季だったので、この程度ですが。

ちなみに、このルートですが、2013年に第4タイ・ラオス友好橋ができ、外国人旅行者は船での越境ができなくなりました。

Bi1293

<チェンカーン>PENTAX KP/DA18-50mm

それでもなお、船での越境はタイ人とラオス人に限って可能みたいです。

2017年に訪れたチェンカーンにもイミグレーションがありますが、ここは外国人には解放されてません。

Bi1978

<ノンカーイ>KP/DA18-50mm

最初のタイ・ラオス友好橋のできたノンカーイにも、タイ人とラオス人限定のイミグレーションがあり、ここも船で越境できます。

同様にナコンパノム、ムクダーハンなどもタイ人とラオス人は船を利用できます。

現在のところ、外国人が船での越境ができるブンカン(タイ)・パクサン(ラオス)にも、第5タイ・ラオス友好橋が建設計画中だとか。

さて、これで2022年の記事は終了いたします。年が明けてお会いしましょう。


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2022年12月26日 (月)

色違いの出入国スタンプ

陸路・海路の国境越え<2>

Stmp02

<啓徳空港の出入国スタンプ>PowerShot

こちら、かつての香港の国際空港、啓徳空港(Kai Tak Airport)で押された出入国スタンプです。啓徳空港は香港の中国返還後、1998年に新空港であるチェクラプコク空港ができ、空港としての役目を終えました。

基本的に香港の出入国スタンプの形状はこの形でした。「でした」というのは、近年、出入国スタンプが廃止され、パスポート上には何も残りません。その代わり、イミグレーションでは入国時にパスポート番号と氏名が記入された紙片を渡されます。マカオも同様です。

自分の場合でいうと、2015年の12月に香港からマカオに行ったとき、スタンプは押されませんでした。実施されたのは2013年7月(マカオ)だそうです。

話が長くなりましたが、今回は出入国スタンプのあった時代のケースについて記事にいたします。

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<ターボジェット>K-7/DA21mm

さて、香港・マカオ間の移動ですが、ヘリコプターが1ルート結ぶ以外はすべてフェリーの利用となります。

通常は香港の上環にある港澳嗎頭(マカオフェリーターミナル)とマカオの外港にある外港客運嗎頭(外港フェリーターミナル)を利用するのが普通でしょう。深夜特急の「私」(主人公)も、このルートを利用しています。深夜特急ではマカオに向かうとき、現在とほぼ同じ水中翼船を利用していますが、戻りは普通の船となっています。現在は普通の船は廃止され、噴射飛航(Turbo JET)という、ジェットフォイルが運行されるのみです。

Stmp03

<マカオ出入国スタンプ>PowerShot

在りし日のマカオ出入国スタンプです。入国スタンプ(上)はつぶれてしまって判読が難しいですが、外港フェリーターミナルでの入国となります。滞在可能日数は香港と違いたったの21日ですね(2000年当時)。現在は香港と同じく90日間となっています。

香港と違い、イミグレーションの場所が明記されています。この他、中国の珠海市との間に2か所行き来のできるイミグレーションがあります。また、内港から珠海市までの船がありましたが、現在は廃止されたようです。もっとも、外国人には解放されていないルートではないかと思いますが。

そして、なんと2018年には港珠澳大橋というものができ、珠海と香港のランタオ島およびマカオを結ぶ「世界最長の海上橋」ができてしまいました。バス移動も可能だとのことです。

Hs0465

<無料バス>PowerShot

さて、外港とマカオの中心部は離れていますので、一般的にはタクシーを使ったり、ホテルの送迎バスを使ったりしたものです。ですが、外国資本のカジノホテルがマカオに乱立すると、カジノホテルが無料バスを走らせるようになりました。一応、誰もが利用可能ですが、ちょっと離れたところまで行くバスはなかなか来ないんですよね。

マカオで宿泊するのならば、リスボア近辺にとどめておいたほうがいいでしょう。その便が最も多いです。

さて、香港への戻りです。2007年の春の滞在では、尖沙咀のYMCA(現在はYMCAではなく別名のホテルになりました)に宿泊予定だったので、上環のマカオフェリーターミナル(香港島)ではなく、九龍の中港客運嗎頭(チャイナフェリーターミナル)へ向かう船を利用しました。

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<当時のファーストフェリー>MZ-3/FA35mm

こちらは水中翼船ではなく普通の船で時間はかなりかかります。まあ、上環から地下鉄やスターフェリーを使い九龍側に移動することを考えたら、同じくらいの時間でしょうか。

Hm342

<船内>RICOH GR DIGITAL

こちらは、自由席。しかも、船内を動き回れるので、いかにも船旅という感じがします。

速度は遅いですが、Turbo JETのような揺れではなくゆったりとしたローリングとピッチングを繰り返します。

そして、尖沙咀のイミグレーションでスタンプを押されます。

Stmp05

<緑のスタンプ>PowerShot

それがこちら。画像が切れていますが、黒の楕円形がチェクラプコクでの出国スタンプです。中港城(尖沙咀)でのスタンプは緑ということになります。

Stmp06

<紺スタンプ>PowerShot

同じく上の紺の楕円形が上環のマカオフェリーターミナルでの出国スタンプです。なるほど、香港では出入国地点によってスタンプの色を変えていることがわかります。

でも、現在はスタンプ自体が廃止なので、そういった面の面白味は半減しました。

また、このルートは健在ですが、現在はファーストフェリーではなく、Turbo JETが運航しているとのこと。

そして、その後香港・マカオ間のフェリーのルートはもっと増えました。

まずはチェクラプコクからマカオに直接向かうフェリーができました。この場合、香港は入国扱いにならず、マカオでの入国となります。

また、マカオのタイパ島に臨時客運嗎頭(タイパ・テンポラリー・フェリーターミナル)ができ、上環、尖沙咀とチェクラプコクからそれぞれ便があります。これはコタイ地区に進出した外国資本のカジノホテルがあることからできたものですね。

さらに、新界の屯門と外港を結ぶ便もできたとのこと。こちらは、まず外国人は使わないと思いますが。

Hs0929

<マカオの夜>K-7/DA21mm

なお、今現在香港入国に関してはちょっと前までの日本の水際対策みたいな感じが取られています。PCRまたは抗原検査が必要。自主観察期間はあるものの隔離はなしです。

マカオは厳しいですよ。何しろ、台湾・香港・中国本土からの入国には規制がかかり、つまりは空路で来いと。入国(入境)時に検査あり。入国後5日間は毎日抗原検査を実施し、結果をアップロードせよとあります。

こりゃ、せっかくのカジノが閑古鳥ですな。

とはいえ、中国自体がゼロコロナ政策をやめたというか、放棄してますので、今後あっちゅう間に大陸の中国人が以前のように世界中に出ていくなんてこともなくはない…。

ま、個人的には香港とマカオには当分行かないと思いますが。

<2022/12/27追記>
その後、facebookで情報が寄せられました。香港のスタンプですが。

「黒」は空港(かつての啓徳空港と現在のチェクラプコク空港)。

「紺」は上環(マカオフェリーターミナルとヘリポート。ヘリポートもマカオフェリーターミナルの上階にあります)。

「緑」は尖沙咀(中港城および公海上をクルーズする巨大カジノ船)。

もうひとつ、「赤」があったそうです。九広鉄路の羅湖または落馬洲から深圳に抜ける場合。あるいは直接広州にアクセスする列車などでは車内かあるいは始発のホンハムでスタンプが押されたと思われます。

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2022年12月22日 (木)

登山電車とブラボーな人

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<箱根登山鉄道107号車>PowerShot

静態保存の107号車にも、入ってみます。

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<車内>PowerShot

こちら、テーブルがある以外はほとんど現役のままです。

モケット張りのロングシート。つり革。窓は昔ながらの上下二段式ですね。古い車両ですが、エアコンが設置されてました。

テーブルがあるのはここで飲食可能ということです。カフェ107から買ってきたものを、ここで味わえます。

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<駅名表示>PowerShot

小田原から強羅までの駅名表示です。

箱根登山鉄道は小田原から強羅までの15.0kmが営業路線です。とはいえ、現在は小田原ー箱根湯本間は小田急線の電車だけが運行しています。

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<風祭駅付近>PENTAX KP/DA18-50mm

それはなぜかというと、小田急と箱根登山鉄道の軌間が異なるためです。

小田急がJR在来線と同じ1067mm(狭軌)。箱根登山鉄道が新幹線と同じ1435mm(標準軌、欧米での大半がこちら)です。

当初は小田原ー箱根湯本間は1本のレールを小田急と箱根登山鉄道が共用し、外側のレールの内側に小田急用のレールを設けるという、「三条軌道」という世界的にも珍しい方式で、運行されていました。

ですが、利用客の増加に伴い、輸送力の少ない箱根登山鉄道の電車に代り、小田急の電車だけを小田原ー箱根湯本間に走らせることとなり、三条軌道は順次撤廃されました。箱根登山鉄道の車庫が箱根湯本のひとつ手前の入生田にあり、三条軌道は入生田ー箱根湯本間のみに残っています。しかし、登山電車はすべて箱根湯本からの発着となりました。

Jp0793

<つり革>PowerShot

ちなみに、小田原ー箱根湯本間をすべて小田急の車両が走るようになったのは2006年からとのことです。

そんなに昔のことではないのですね。

わたしゃ、小田急沿線住民ですが、ロマンスカーで箱根湯本を訪れたことはあります。でも、箱根登山鉄道の車両には乗ったことがないんですね。

この動かない107号車には実際に使われていた車内アナウンスが流れております。それによると、3回のスイッチバックがあり、なかなかに面白そうな路線ですね。とはいえ、やはり人気路線でめちゃくちゃ混雑するらしいですが。

 

つうことで、動画を作ってみました。車内で動画モードにしていたら、いきなりバッテリーが赤マークが出てしまって焦ったっす。

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<ブラボー>KP/DA18-50mm

では、最後はあの方に締めてもらいましょう。

Jp0788

<ブラボー氏の歴代ユニフォーム>PowerShot

手前が2022FIFAワールドカップでも使用された折り鶴の代表ユニ。青い縦縞がインテルミラノ。オレンジと赤がガラタサライ。切れているけどその隣がマルセイユですかね。他にチェゼーナとFC東京のものもありました。

さて、インスタグラムでかまぼこピンチョスの画像を投稿したら、鈴廣から連絡があって、その画像が掲載されることになりました。

こちら→かまぼこのある暮らし

写真を使わせてください、というのも随分と久しぶり。

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2022年12月13日 (火)

On the Border

陸路・海路の国境越え<1>

イミグレーションの通過にはある程度の緊張感が生まれるものです。それが特に、空路ではなく地続きの国境であるとなると、すぐそこに隣国があるというのに、様々な手続きがあったりして感慨深いものだったりします。

一時、このような国境越えを趣味のようにしていたこともあって、空路以外の国境越えは40回近く行っておりました。

ということで、不定期連載。一応、海路も含めますね。

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<P&Oフェリー>K-7/DA16-50mm

今回のルートは、フランスのカレーから、イギリスのドーバーへ向かうルート。交通手段は、ユーロトンネルを使う高速鉄道のユーロスターと、ドーバー海峡を渡るフェリーの2種類ですね。

当然ながら、安いほうのフェリーを使います。

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<カレーのバス停>K-7/DA16-50mm

パリからTGVでカレー・ヴィルまで。これより先はドーバー海峡に面するので、終着駅となりますか。とはいっても、とても小さな駅で、ここでいいのかという感じも致します。でも、カレーの中心みたいです。

ちなみに、TGVは高速専用線だけでなく、在来線にも乗り入れています。こういう時、鉄道の軌間が同一だと便利ですね。日本はそうじゃないですし。

また、カレー・ヴィルの一つ手前にカレー・フレタンという駅があり、もしかするとこちらで降りたほうがフェリーターミナルへのアクセスが便利だったかもしれません。

駅のすぐ脇にフェリーターミナル行きのバス停を見つけました。しかし、1時間待ちです。ほとんど利用者はなく、みんなタクシーでフェリー民なるに向かうものと思われます。

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<フェリーターミナル>K-7/DA16-50mm

何とかたどり着きました。バス料金2.0ユーロ。おそらく今でも現金しか利用できないと思います。

さて、フェリーは3社あるのですが、footpassengerが利用できるのはP&Oフェリーのみです。

2014年当時、イギリスはEUに加盟してましたが、イギリスがシェンゲン条約の適用国ではないため、EU内からの移動であっても、パスポートチェックを行います。

チケットを購入し(これが高い)、まずはEU出国のイミグレーションです。こちら難なく通過。そして、次に現れたのが、イギリスのイミグレーションでした。沢木耕太郎氏の時代には、ドーバーでチェックを行ったという記述があります。そこでは、中東系の旅行者が書類の不備などで追い返されたとありますし、沢木氏も非常に時間のかかるチェックを行われました。

ワタクシにも本日の宿泊所の名前と、職業をきかれ、帰りのチケットも確認されました。e-ticketの写しはキャリーバッグの中にあり、ちょっと面倒でしたが。

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<出入国スタンプ>PowerShot

右がEUの出国スタンプ。左がイギリスの入国スタンプです。ちなみに、イギリスは出国時にパスポートチェックはありますが、スタンプは押されません。アメリカと同じですね。

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<フェリーのチケット>GR DIGITAL

これで無事に船上の人となるはずですが、なんといっても巨大な船です。船にはバスで向かうのでした。

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<巨大な昇降口>K-7/DA16-50mm

中はスロープになっていたので重い荷物を抱えずに済みました。

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<売店>K-7/DA16-50mm

船内はひとり用のソファーを並べたような区画と、丸テーブルが点在するラウンジのような区画に分かれてました。まあ、基本どこにいても構わないのですが。

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<ホワイトクリフ>K-7/DA16-50mm

フェリーは2時間程度でドーバーに到着です。

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<再びスロープ>K-7/DA16-50mm

ここを通って外に出る人は少なかったです。ほとんどがマイカーあるいは輸送用のトラックなどでやってきているようでした。

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<無料バス>K-7/DA16-50mm

そして、港の外に出るには徒歩というわけではなく、こちらを利用します。

港の外からは、地元のバスで、ドーバー・プライオリー駅まで向かうのでした。

ちなみに、このルート(パリーカレーードーバー)で最も安上がりなのは、沢木さんが利用した国際バス(おそらくEurolines)でしょう。最も高いのはドーバートンネルを使うユーロスターでしょう。ユーロスターの場合、パリ北駅にEUとイギリスのイミグレーションがあります。

そして、フランスからイギリスに向かう船のルートはダンケルク、ルアーブル、サンマロなどいくつものルートがあります。自分の場合は沢木ルートとして、カレーードーバー以外は考えらえませんでしたが。

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2022年12月 9日 (金)

長江クルーズ船

時を1993年に戻します。

Cs541

<歓迎小姐>CANON EOS1000s/EF28-105mm

いわゆる、長江下りをご存じでしょうか。実は逆ルートもあったらしいですが。

長江を船に乗りながら途中の観光スポットを巡るというものです。ルートは四川省の重慶と湖北省の武漢となっています。やはり、長江は大河中の大河ですので川幅も広く、さらに長いルートを運行するものもあったようです。

実際には四川省の長江沿岸は、急峻な山が迫っていて、鉄道はおろかまともな道路もなく、中国人民にとっては貴重な交通手段でもあったのですね。と、いうことで、船もピンキリです。我々はお金持ちの中国人と外国人観光客が乗るような、6階建ての超大型船、「長江公主号」で3泊4日を過ごすことになったのです。

ま、船のホテルですね。

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<ツインルーム>EOS100s/EF28-105mm

男性参加者が少なく、前年のチベットでも同室となったHさんとの相部屋です。

ベッドが2つ。狭いシングルですが、人民の皆さんが乗る船では大部屋で雑魚寝でしょうし、もしかしたらそこに家畜を持ち込む人もいると思われます。文句はいえません。というか、ほとんどの部屋がこのタイプでしょう。

ベッドランプがありますが、玉切れもなく、電気も来ております。そればかりか、テレビもありました。なお、当時は衛星放送などないので、映るのは電波が届く範囲だけです。

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<トイレ>EOS1000s/EF28-105mm

当然ながらの水洗の洋式トイレです。トラブルはありません。ただし、ペーパーホルダー下のごみ入れがありますが、使用済みのペーパーは流せず、ここに捨てることになります。ま、アジアの常識…というかトイレにペーパーを流せる国はごく少数であることに気付くのは、だいぶあとになってからになります。

ちょっとしたカルチャーショックはあったかも。

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<シャワー>EOS1000s/EF28-105mm

きちんとお湯が出るばかりではなく、水の色も日本と変わりません。

当然、バスタブはないのですが、もし設置されていたら、断水という事態に陥っていたかもしれません。

こちら、トイレと一緒のスペースですが、仕切りのカーテンなどはなく、わたしゃ、しゃがんでシャワーを浴びましたです。でないと、便器から何から水浸しになってしまうからですね。Hさんも同じようにしていたか、それとも使用後にきっちりと濡れた個所を拭き上げていたと思われます。

Cs320

<くつろぐH氏>EOS1000s/EF28-105mm

ドア側です。電話もあり、ツアーの案内などはこれで伝えられます。その他、船の説明とか見どころの案内など、室内のスピーカーから情報が伝わります。外国人がほとんどの船ですので、各国語で案内されます。船には各ツアーごとの専門のガイドも付きます。

こうしてみると、普段使うような安宿よりも広いですね。

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<食事風景>EOS1000s/EF28-105mm

基本的に食事は船内のレストランで3食出ます。当然、グループごとに丸テーブルを囲みますが、我々のツアーは常に3名が他の日本人ツアーのテーブルに行くようになっていたので、これはローテーションが組まれました。

料理は中華オンリーです。

上陸したところでは外のレストランで食事を取ることもありましたが、わずかな回数でした。

Cs467

<カラオケ>EOS1000s/EF28-105mm

5階のラウンジのようなところです。展望室も兼ねたところですね。ま、当時ですから、「北国の春」程度しかないですね。

また、ここにはバーもあって、冷たいビールが飲めるのですね。ちなみに、食事の時に頼んだビールは常温でした。

Cs323

<屋上デッキ>EOS1000s/EF28-105mm

割と広いです。残念ながらプールはありません。とはいえ、設置できないこともないくらいの広さです。

その他、下の階にもデッキはありました。

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<上流に向かう船>EOS1000s/EF28-105mm

外国人が利用しない中国人観光客用の船です。この船も相当大きいですが、長江公主号は6層構造なので、単純にこの倍はありました。

Cs530

<船の配置図>EOS1000s/EF28-105mm

これはどこかの上陸地点で見かけたものですが、クルーズ船は単独で運行しているのではなく、数隻が列を組みながら進むため、停泊地では船をどのようにつけるかという図のようでした。

降りるときも、すぐに陸地というわけではなく、別の船に乗り込んでという具合でした。長江公主号がまともに着岸したのは、重慶と武漢くらいでした。

長江は途中岩礁のある難所もあって、深夜のクルーズは危険なため、安全な停泊地で沖に止めて朝を迎えることもありました。とはいえ、武漢で船を降りて普通のホテルに入っても、船の揺れが身体から抜けきらないこともありました。

そして、この時は三峡ダムが未完成で水位が上がってなかったので、途中の観光スポットが水没してませんでした。中国側の説明では水位が上がれば難所もなくなり、さらに吃水の深い大型船が上流まで行けるということでした。

とはいえ、この時からだいぶ時間が経っていて、クルーズ船自体はなくなっていないようですが、道路が整備されてツアー客もバスで向かうことが多いとか。

たまに、この話題を振っていきます。

800,000アクセスありがとうございました!

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2022年12月 2日 (金)

危険!バス、ガス爆発するかも…

Cs208

<なんか変>CANON EOS1000s/EF28-105mm

1993年の中国四川省でのお話です。古くてすいません。

(註)二代目のスキャナーによるリバーサルフィルムからのデジタル化した画像です。しかも、天気が悪くかつISO50というフジのVelviaというフィルムですので、全体的に不鮮明であることをお断りしておきます。

この頃、もっぱら秘境に行きたくて珍しいツアーを探しておりました。幸いというか、前年にチベットを訪れたメンバーと添乗員がまたもツアーを立ち上げ、それに乗ったのです。

メインの目的は長江を船で下るというものですが、乗船前に峨眉山や石窟で有名な大足などに立ち寄っていたのです。そして、ここは四川省の自貢というところです。

楽山で楽山大仏を観光し、自貢までは170kmほどを5時間かけて到着です。事前の情報では、道が悪く10時間かかるともいわれていましたが、半分で済みました。とはいえ、専用バスの運ちゃんはものすごく機嫌が悪かったです。

ちなみに、当時の中国では人民の乗るバスのドライバーはバスでの最高権力者なんですが、ツアードライバーはCITSに雇われた一種の公務員です。修行が足りんぞ、運ちゃん。

Cs160

<ガス袋バス>EOS1000s/EF28-105mm

我々のバスが自貢の市域に入ろうかという時、奇妙なバスを見かける頻度が増えました。

それは、黒い袋、まるでビニールのように見える巨大な袋を屋根に積んだバスでした。バス内は色めき立ち、それに応えるように現地ガイド(日本語のローカルガイド)が「あれは天然ガスです」「天然ガスで走るバスです」という説明をしました。

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<塩の井戸>EOS100s/ED28-105mm

つまりは、自貢は天然ガスの一大生産地だそうです。とはいえ、これは副産物なのでした。

自貢は塩の産地なのですが、もちろん内陸なので海水から作る塩田でもなく、さりとて岩塩が採れるわけでもありませんでした。それは、地層の中にある塩の層に向けて井戸を掘り、そこから汲み上げるやり方でした。

Cs202

<塩の井戸その2>EOS1000s/EF28-105mm

そして、その塩の層と同居するように天然ガスがあることがわかったのでした。

ま、この1993年当時でも原始的ともいえる井戸から塩を汲み上げるやり方は、少数派になっていたようです。大規模な工場で塩を採るようになっていたようでした。

Cs226

<満タン状態>EOS1000s/EF28-105mm

なるほど、軽油やガソリンではなく、地産地消の天然ガスを利用するバスが生まれたということですね。

ところで、このバス、航続距離が大したことがなく、走っても100km程度だと説明を受けたような。でも、ものすごい積み方ですよね。

日本のタクシーはLPG、つまり液化天然ガスで走るタイプが大半です。世界的に見てもLPGのクルマは割とあって、タイのロットゥやタクシーと一部の乗用車にも利用されています。乗ったタクシーやロットゥ、借り上げたクルマが給油ならぬ給ガスをするシーンにも乗り合わせていたことがあります。でも、LPG用のガスボンベを搭載しているはず。

このバスは液体のガスではなく、気化した状態のガスを積んでいるみたいです。なのであのような巨大な袋が必要なんですね。

Cs214

<二連の袋バス>EOS1000s/EF28-105mm

しかし、このバスは恐ろしい。当時の中国は公共交通機関であっても、平気でタバコを吸うような人民がわんさかいました。

航空機のタラップから降り立った途端、空港の敷地内にもかかわらず、吸い出すような輩もいたくらいですし。

ストックホルムの「バスガス爆発」

こんな記事も。

おそらくですが、自貢の地元民は「危険な乗り物」であることを幼少時から徹底的に叩き込まれていたのでは。

このあと、重慶に移動したのですが、航続距離の短いガス袋バスは見かけませんでした。

あれから幾星霜、さすがにこのタイプのバスはもう走っていないと思いますけど。

ブラボー!by 長友

2022FIFAワールドカップグループE最終戦、日本vsスペイン、やってくれましたね。日本も長友も「バスガス爆発」

でも、わたしゃ、眠気には勝てませんでした。とはいえ、これまでの3戦しっかりと録画しております。そして、決勝トーナメント1回戦も録画予約いたしました。これはさすがに、生で見れると思います。

おりんぴあさんも、現地で頑張って!

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2022年10月17日 (月)

伝説のクルマ

2022年8月26日(金)続き

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<プリンス&スカイラインミュウジアム>OMD10/ED14-42mm

2つ前の記事でS40型グロリアを紹介いたしましたが、訪れたところはここでした。よくわからないんですが、カタカナ表記もできるだけ英語の発音に近づけたいということでしょうか。

とにかく、名称が表すように、ここはプリンス自動車工業の一部のクルマとプリンス~日産へと続く名車、スカイラインの博物館なんです。

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<二代目スカイライン>OMD10/ED14-42mm

入場するといきなりこのクルマがお出迎えです。プリンス自動車工業から出ていたスカイラインですね。

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<櫻井眞一郎氏>OMD10/ED14-42mm

現在の日産GTRにも受け継がれる、スカイライン生みの親(実際には違いますが)、故櫻井眞一郎氏の肖像写真がお出迎えです。ここは、地価の展示場に下る階段ですね。

櫻井氏は初代スカイラインからその開発にかかわり、二代目スカイラインから開発責任者(主管)となった人物です。では、実車を見に行きましょう。

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<初代スカイライン>OMD10/ED14-42mm

L型/20系という、初代。1953年~1963年まで作られたクルマです。なんだか、現在のスカイラインとは似ても似つかないクルマですね。

どちらかというとアメ車のような雰囲気です。エンジンは1.5リッタークラスでしたが、最高速は当時のトヨタや日産の同クラスよりも出たとのこと。

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<二代目>OMD10/ED14-42mm

入口にも展示されていた二代目スカイライン、50系です。1963年から1968年まで生産されましたが、途中プリンスと日産が合併したため、日産ではS5型という型式です。そして、このクルマから櫻井氏が開発主管になりました。

さて、伝説はこのクルマから始まったのです。現在のF1日本グランプリとは異なる第1回日本グランプリでプリンスはこのクルマで出場しますが、ほとんど市販車同様に手を加えられなかったため、レースでは惨敗。その反省もあって第2回日本グランプリのGTクラスでは、このクルマにグロリア用の6気筒エンジンを載せ(ノーズを6気筒エンジンを搭載できるよう延長した)、一時はポルシェ904を抜くという快挙を成し遂げたのです。

そのレース用のクルマは市販車として92台が販売されました。それがスカイラインGTです。ここから「スカG」伝説が始まったのですね。

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<三代目>OMD10/ED14-42mm

C10型という三代目。1968年から1972年まで。また、このクルマからGTのさらに上級であるGT-Rが追加されました。

通称、「ハコスカ」、「羊の皮を被った狼」、「愛のスカイライン」ですね。「頭文字D」などが注目されておりますが、あちらはAE86型と呼ばれるトヨタのスプリンタートレノですね。こちらも、エンジンは4気筒DOHCなんですが、後輪のサスペンションが車軸式、つまり独立懸架ではないという、安いクルマ。櫻井氏の思想とは異なります。

さて、初代GT-Rですが、レーシングモデル、R380に搭載していたエンジンをベースに搭載され、そのスペックは、160PS(馬力)でした。まあ、当時の測定方式と現代は異なるため、実測上はこの程度のスペックを持ったクルマは現在かなり存在します。それでも、当時としては驚異的だったと思われます。

高度成長時代とはいえ、初任給ひとけた万円では、いくらローンを組んでも買えませんね。本当のお金持ちがドラ息子に買い与えるみたいな図が浮かんできます。

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<四代目>OMD10/ED14-42mm

C110型。1972年から1977年まで作られました。通称ケンメリ。CMで「ケンとメリーのスカイライン」、日本のフォーク系デュオ、BUZZが「ケンとメリー~愛と風のように~」を歌ったことからそう呼ばれました。

このクルマから2ドアハードトップも追加となります。

また、このクルマから丸目4灯のテールライトがGT系になり、以降そのアイデンティティが現在のスカイラインと日産GT-Rまで受け継がれています。一方非GT系のおとなしいエンジンを積むタイプには形状の異なるテールライトとなり、明確な区別がなされました。

また、GT-Rは三代目と同じエンジンを搭載しましたが生産量が極めて少なく、短期間の販売となりました。これはやがて実施される排ガス規制が関係していると思われます。

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<五代目>OMD10/ED14-42mm

C210型。1977年~1981年まで。通称ジャパン。

このクルマはとうとうGT-Rが出ませんでした。それでも、クルマバブルとでもいいましょうか、4年でのモデルチェンジですね。それだけ、クルマが売れて、多くの人がモデルチェンジごとにクルマを買い替えたという時代です。

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<六代目>OMD10/ED14-42mm

R30型。このクルマ以降10代目のR34まで型式に「R」がつくことになります。それ以降は、型式が「V」となりますが、エンジンが直列ではなくV型エンジンに変わったためと思われます。

1981年から1985年まで(バンは1990年まで継続生産)。このクルマもGT-Rが出ませんでしたが、直列4気筒DOHCの「RS」がトップモデルとなりました。ただし、バルブヘッドは4つになりかなりの高出力となりました。さらには、それにターボを搭載したRSターボも追加されます。こちら、190PSと、初代GT-Rを上回るスペックとなりました。

わたしゃ、スカイラインどころか日産車も所有したことがないのですが、このクルマには乗せてもらったことがあります。

さて、GT-Rはこの後のR32型で復活するのですが、物議をかわしたスカイラインがこちら。

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<V35型>OMD10/ED14-42mm

伝統の直列6気筒エンジンをやめ、デザインまでも大きく変更したスカイラインです。

なんでもルノー上層部の意向が大きく反映されたからといわれています。つまりはレバノンに逃亡したあの人…ですかね。

このミュウジアムにはR34までのGT-Rは展示されています。ですが、V36以降独立車種となった日産GT-Rはありません。あくまでもプリンス自動車工業の車種、スカイラインがメインであるからだと思われます。おそらく、ここを運営している人たちはGT-Rを集めてくることは可能と思われますが。

さて、現代のスカイラインは車両価格、450万円(廉価版)、GT-Rはなんと1500万円です。スカイラインはともかく、GT-Rは誰が買うんや~!

 

久々に動画も撮ってきました。字幕や簡単な解説もつけてみましたが、なんと誤字があった。

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<燦然と輝くRの文字>OMD10/ED14-42mm

ここ、とあるYouTube番組で知りまして、どうしても行ってみたかったので、伊那や木曽、安曇野などをセッティングいたしました。

一応、これにて8月後半のショートトリップ最後のエントリーとなります。

プリンス&スカイラインミュウジアム

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2022年10月 9日 (日)

栄光のグロリア

2022年8月26日(金)続き

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<諏訪湖>OMD10/ED14-42mm

こちら、諏訪湖を望む岡谷市の鳥居平やまびこ公園です。

松本からやっぱり下道で1時間半くらいでしょうか。しかし、この道は山間部をうねうねと走るワインディングロードの連続で、大型のトラックやダンプからおばちゃんのクルマまでが、必死の形相でぶっ飛ばしていくところでした。

☆長野県の一部地域では、交通の流れに乗って走っているにもかかわらず、前のクルマにぴったりとついて走るドライバーが、少なからずおります。ワタクシの居住する地域ではこのような行為は「あおり運転」と呼ばれていますが、どうやらそのような意識はないようで、当たり前のマナーになっているみたいなので、気を付けてくださいまし。

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<公園内>OMD10/ED14-42mm

先ほどの眺めのいい高台までは、このような階段を上がっていきます。これは、ごく一部で、目測で高低差約50メートル、ちょっとしたビルひとつ分上がっていきます。

その先には、とある博物館、ミュージアムがあるのです。しかし、こちらでは自称「ミュウジアム」という表記です。では、入ってみましょうか。

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<ミニカー>OMD10/ED14-42mm

どうやら、クルマの博物館…もとい、ミュウジアムらしいです。

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<プリンス・グロリア>OMD10/ED14-42mm

実はこのミュウジアムではこのクルマはごく一部を占めているだけです。ですが、ワタクシにとっては思い入れのあるクルマです。

こちらに展示されているのは、今は消滅したプリンス自動車工業のクルマです。

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<1964東京オリンピック仕様>OMD10/ED14-42mm

プリンス自動車工業は、1966年に日産自動車と合併し、消滅しました。そのプリンス自動車時代に生産されていたグロリアは、最上位に位置するクルマでした。

こちら、2代目のS40型になります。エンジンは直列6気筒2.0リッター。後年、排気量を拡大した直列6気筒2.5リッターエンジンも搭載されました。もろ、デザインはアメリカ車に近いです。ボディサイズは現在でいう5ナンバーサイズですが、かなり大きく見えます。

このS40型は1962年から1967年まで生産されました。つまりは、日産と合併後もそのまま作られたことになります。

そして、この時代、このサイズのクルマは価格もさることながら、ごく普通のサラリーマンが買えるものではなく、企業の重役が乗るような用途であったと思います。

ですがね、このクルマがたまに我が家にやってきたことがあったのです。つまり、父親が当時勤めていた会社から週末などに借りてきて、このグロリアでちょこっとドライブしたことが結構あったのです。同時に、トヨタのクラウン、日産のセドリックなども同じようにうちに現れたことがあるのですね。

さて、このグロリアにはボンネット中央に日の丸とともに五輪が描かれています。つまりは1964年の東京オリンピックでオフィシャル車として使われたということになります。

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<オープンカー仕様>OMD10/ED14-42mm

こちらは通常のラインナップにない、特注車ですかね。後部座席に優勝力士が乗っているような、スポーツの優勝パレードなどで使用されたものと思われます。

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<グロリア・エステート>OMD10/ED14-42mm

こちらはステーションワゴンです。5ナンバーもありましたが、完全に商用車となる4ナンバーもあったとのこと。

ちなみに、S40型グロリアは1962年から1967年まで生産・販売されました。後継のA30型(1967年~1971年、ライトが縦につながった通称「縦目グロリア」)は日産からの販売ですがプリンス時代のスタッフにより企画・設計されました。その後の230型からセドリックと同じシャシーとボディを共有した兄弟車となりました。なお、こちらに展示されているのはA30型のみです。

なお、プリンス自動車工業は皇室の御料車として、「プリンス・ロイヤル」というクルマも開発し、日産との合併後に納入されました。さすがに、御料車はここには展示されておりません。

また、上皇が皇太子時代、S40型グロリアを愛用していたとのことです。

なお、タイトルですが、「栄光」すなわち英語でグロリアと被っちゃうんですけど、そのようにいたしました。悪しからず。

この一角には商用のトラックなどもありましたが、そちらは省略いたします。記事はさらに続きます。

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2022年1月 8日 (土)

チュニジアのクルマ

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<チュニジア国旗>MZ-3/FA35mm

チュニジアは自動車生産国ではないので、ぼぼヨーロッパのメーカーのクルマが走っております。といってもやはり多いのは旧宗主国のフランスのメーカーが多いですかね。

つうことで、なんとなく撮っていったのですが古ぼけたクルマばかりです。絵になるかなと思って。

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<ルノーだと思う>MZ-3/FA35mm

後ろに荷室のついたもの。今でいうとルノーのカングーという車種にでもなるのか。

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<モノクロ版>GR1s/GR28mm

こちらのほうが雰囲気出ますかね。

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<婚礼仕様>MZ-3/FA35mm

プジョーですね。当時としては比較的新しい車種ではないかと。

たすき掛けになっている花飾りのようなものは、新婚さんを乗せていくものと思われます。それにしても雑だね。

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<廃車ではありません>GR1s/GR28mm

いったいいつ洗ったのかというもの。前のバンパーも今にも取れそうですが。ワイパーを動かした形跡があるので、駐車中なんでしょう。ひし形のロゴはルノーですね。

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<縦列駐車>MZ-3/FA35mm

絶対くっついているでしょというパーキング方法。ヨーロッパ式とでもいうのですかね。出れないときはぶつけて前後の車を動かすともいわれますが。ホントかね?

平坦なところではギアをニュートラルに入れて、パーキングブレーキを入れない状態で、人が押して動かせるようにしておくというような話もききましたが。

某国では数メートルの移動にわざわざエンジンをかけずに、自分で押して移動するシーンを見たことがありますけど。

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<ライト欠落>GR1s/GR28mm

これも廃車ではないと思います。昼間走ればいいんだろみたいな。おそらく、当時撮影した中では最も古いクルマ。プジョーのピックアップトラックですね。

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<スース旧市街>GR1s/GR28mm

幅が2メートル半くらいのところで、当然すれ違い不可。1枚目と同じルノーですね。片側に寄せているのはこの家のクルマということなんでしょうけど。後ろから来たクルマは通り抜けできませんね。

そもそも、こんなところを通りたくないですけど。ヨーロッパの旧市街もこんなところが多いんじゃないかな。「水曜どうでしょう」でもそんなシーンがありました。

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<ナンバープレート>MZ-3/FA35mm

算用数字とアラビア文字が混在。数字もアラビア数字(こちらがオリジナル)で書いてあると何が何だか分からなくなりますが。

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<バス>MZ-3/FA35mm

路線バスだったか長距離バスだったか…。

気になるのは鶴のマークですが、もしかしてJALかな。どこかの空港で使っていたおさがりですかね。

いずれにせよ、日本航空はチュニジアには乗り入れてないですし、当時も現在もアフリカには飛んでないはず。でも、「沈まぬ太陽」にあるように60年代、70年代はアフリカに路線を持っていたんですよね。

果たして、電気と騒いでいるヨーロッパのメーカーはこのような国でその自動車を売るのでしょうかね。インフラは整ってないですが、砂漠でソーラー発電は十分にできそうだけど。

 
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2021年9月21日 (火)

最後のJAL、今のところ

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<夕刻の成田空港>GR DIGITAL

渡航をするのに御贔屓の航空会社はほぼありませんで、その時(予約の時期にもよりますが)チケットの安い会社を選びます。

それでも、JALやANAのカード(クレジット機能のないもの)は所有しておりますが、親元の航空会社にはほとんど乗ることはないという矛盾が生じております。ま、自分の渡航状況ではいくらマイルをためても特典旅行にはなかなか結び付かないということもあります。

ということで、今回はこれまで一番最後に乗った日本航空の話です。

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<JL809便>GR DIGITAL

2012年12月末、成田から桃園への短い飛行です。機材はボーイング737-800型。座席はいつものように通路側を指定しました。

でも、この機材は中央通路を挟みエコノミークラスで3席ずつという小さいものですから通路側に当たるのは1/3の確率になります。ま、中央も窓側も同じことなんですが。

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<機内食>GR DIGITAL

桃園までは約4時間というフライトです。早速機内食が出ます。

通常ならば、2種類くらいから選択可能なんですが、この時は有無をいわせずこれだけ。しょうがねえなあと思いつつ、飲み物はプレモルなんかを選んだりします。

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<和食弁当>GR DIGITAL

こちらはおかずです。ただ、エコノミーにしては期待が持てそうな気もします。

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<お品書き>GR DIGITAL

日本の航空会社は芸が細かいですね。某国のV航空などはお品書きがあったものの、後で回収されるというトホホなこともありました。

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<御開帳>GR DIGITAL

こんな感じ。湯呑みもあるということは、日本茶が出るのですね。

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<幕の内風>GR DIGITAL

一口サイズですが、内容はいいんでないかい。

セブンの弁当というよりは京樽の上質弁当みたいですよね。

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<ごはん>GR DIGITAL

鰆だったかの焼き魚とひじきが付きます。ごはんにはゆかりを散らしていますね。

日本人なら普通に白飯でいいんですが、同じコメ文化を持つ中華圏や韓国などの航空会社ではただの白飯ということはないですね。普通にコメが美味しくないという事情もあるんでしょうかね。

ま、この後はひたすら眠く、気づくと到着間際でした。

そして、台湾旅行も終わり、年の明けた2013年1月、当然ながら帰りもJALです。

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<JL802便>GR DIGITAL

安い航空券の宿命、夜に到着し、早朝の出発です。

この時は空港まで鉄道が乗り入れてなかったので大変でした。台北駅までは近かったので歩いていきましたが、高鐵(台湾新幹線)で桃園まで出て、バスに乗り換えです。おかげで朝食はコンビニで仕入れたカップ麺あたりでした。

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<今回は普通>GR DIGITAL

帰りは気流の関係で3時間で到着します。もうあっちゅう間。

こちらも選択肢はなく、これ一本鎗でした。しかも、メニューもなくなります。

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<茶そば>GR DIGITAL

海外から日本に向かう便は茶そばが出る確率が高いですね。

戻りはごく普通になり下がりましたが、行きの時は夕食ということでちょっと豪華に見えるものだったのかと推測します。JALだからというわけでもないみたいですね。

この時以来、乗ってないんですがね。

航空会社も赤字が続いているようなので、成田や羽田から日本上空をぐるっと回り、機内食も味わってもらい、同じ空港に戻ってくるという企画などをやっているとか。ま、わたしゃ、そんなものに金は払いませんけど。

最後に航空機に乗ってからそろそろ2年経つなあ。来年には飛び立てるでしょうかね。

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