リンダ~!
かすてら音楽夜話Vol.226
早くも1年の1/3が終わってしまいました。月日の経つのは早いもんでございます。
ま、そんな間にも日々こちらのコンテンツについては深く思いを巡らせてきました。
てなわけで、5月の第一弾は、「人名がタイトルに入る曲」その"L"でございます。
Billy Joel/All For Leyna
Billy Joel(ビリー・ジョエル)の通算7作目のアルバム『Glass Houses』(1980年)収録曲、「All For Leyna」でした。もちろん、作者はビリー本人です。
アルバム『Glass Houses』はビルボードアルバムチャート(Hot 200)で6週連続の1位で、ビリーも翌年のグラミー賞最優秀ロックヴォーカルアワードを受賞しております。年間チャートでは4位でした。つまりは、相当売れたアルバムです。
こちらから、ビリー初のシングル1位、「It's Still Rock And Roll To Me」(邦題「ロックンロールが最高さ」)も生まれております。
そして、この曲はイギリスで最初にシングルカットされ、全英シングル40位にチャートインしました。アメリカでもシングルになる予定でしたが、「You May Be Right」(邦題「ガラスのニューヨーク」、7位)に変更されています。
ま、ガラスの割れる効果音で始まるノリのいい曲に比べ、マイナーコードの「All For Leyna」では、アメリカ人が好むのはやはり「You May Be Right」になるでしょう。
5作目のアルバム『The Stranger』~『52nd Street』(邦題『ニューヨーク52番街』)の流れとはややテイストを変え、どちらかというとロック寄りにシフトしたのが、『Glass Houses』でした。アルバムではゲストミュージシャンをほぼ使わずに、バンドスタイルで収録を進めています。
また、「All For Leyna」のプロモーションビデオですが、オリジナルと違ってヴォーカル部分を差し替えているとのことです。
まあ、ロック寄りといってもピアニストでもあるビリーが書く曲ですから、「バンドサウンドに乗せたややアップテンポな曲が多いアルバム」といったところに落ち着くのではないでしょうか。
このあとのアルバム『The Nylon Curtain』ではピアニストにとって致命傷といえる指の骨折を経験し、どちらかというと内省的な作品になっていきます。また、その次の『An Innocent Man』ではうってかわってポップに回帰するんですがね。
ビリー・ジョエルも人の名前を付けた曲の多い人です。ただ、ボズ・スキャッグスと違って、すべてが女性の名前ということもなく、男性の名前が付く曲も書いてますね。
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"L"の付く人名、Styxの「Lorelei」とか、Jim Croceの全米1位、「Bad, Bad Leroy Brown」(邦題「リロイ・ブラウンは悪い奴」)などもありますが、ここでは割愛させてもらいます。
なんといっても筆者としてはここは「リンダ」にこだわっていきたいです。
てな、ことで。
The Beach Boys/Lady Lynda
The Beach Boys(ビーチボーイズ)が1979年にリリースしたアルバム『LA(Light Album)』収録の「Lady Lynda」(邦題「秋風のリンダ」)でございます。
ビーチボーイズの経歴は省略しますが、ホットロッド、サーフィン、ビーチなどをテーマにしていた絶頂期から10余年、完全に混迷期に入り込んだ作品ですね。
「Lady Lynda」はクレジット上はメンバーがかかわって作られていますが、巨匠、J.S.バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」のメロディが基になっています。
ただ、イギリスではチャート6位を記録していて、日本のラジオでもよくかかっておりました。本国アメリカではシングルカットされていません。
このアルバムからは歌詞の一部が日本語である「Sumahama」(邦題「思い出のスマハマ」)も収録されています。これもまた、当時のラジオで流れていたものです。
まあ、どちらも、ビーチボーイズらしさが欠乏していて、ほとんどインパクトがありません。
そのためでしょうか、アルバム自体はかろうじて100位にチャートインという、かつての絶頂を知る世代からしたら、目を覆いたくなる作品だったのではないでしょうか。
その後のビーチボーイズですが、1988年に映画「カクテル」(主演:トム・クルーズ)の主題歌、「Kokomo」が22年ぶりのチャート1位となりました。かなりの部分、トム・クルーズの影響が大きいと思いますが。まあ、復活は復活です。
また、2012年リリースのアルバム『That's Why God Made The Radio』(邦題『ゴッド・メイド・ザ・ラジオ~神の創りしラジオ~』)が36年ぶりのTop10入り(3位)を記録しています。
とはいえ、その後メンバーの死去などにより、今のところ最後のアルバムリリースとなっております。
The Blue Hearts/リンダリンダ
1987年のThe Blue Hearts(ブルーハーツ)のデビュー曲、「リンダリンダ」です。
作詞作曲は甲本ヒロトです。
シングルヴァージョンはレコード会社の方針により、外部のアレンジャーとして、シーナ&ザ・ロケッツの浅田孟を招聘したのですが、アルルバムヴァージョンはブルーハーツ自身が担当してます。メンバーは外部アレンジャーを良しとしなかったようです。
それでも、オリコンシングルチャート38位ですから、デビュー曲としては相当インパクトがあったと思いますね。
なお、お借りしたYouTube映像はいつか削除される可能性があります。と、いうのも、公式に上がっているものもあるのですが、著作権法で保護されているので、こちらに貼り付けられません。
そちらのリンクはこちら。
その後の彼らは「情熱の薔薇」でオリコン1位を獲得し、アルバム2枚も1位を獲得。
解散後もなぜか甲本ヒロトと真島昌利は、The High Lows~ザ・クロマニヨンズで切っても切れない縁になっているのは周知の通りです。
アン・ルイス/リンダ
1980年リリースのアン・ルイスのシングル「リンダ」でした。
作者はもちろん竹内まりや。この曲はアン・ルイスが桑名正博との結婚のために提供(プレゼント)したものです。なお、「リンダ」というのはアン・ルイスのミドルネームです。
竹内まりやも翌年のアルバム『Portrait』でセルフカバー(シングルカットせず)しております。で、アン・ルイスのヴァージョンなんですが、冒頭のジングルめいたもの以外、かなり出来がいいです。なんでかなと思ったら、アレンジに山下達郎が一枚噛んでいたんですね。まりやのセルフカバーも、アレンジャーは山下達郎で、アン・ルイスのオリジナルにかなり寄せた作りになってます。もちろん、完成度はセルフカバーのほうですが、アン・ルイスのオリジナルも捨てがたいです。
正式なクレジットは編曲:ブラッド・ショット、谷口陽一、山下達郎となっています。
ここ、AIに尋ねてみたんですが、「共同編曲者:多くの場合、谷口陽一とともにブラッド・ショット/谷口陽一名義でクレジットされています。」では、谷口陽一とは?「アン・ルイスのプロデューサー、編曲家、ミュージシャン」などと出ました。ブラッド・ショットという特定の人名が出てこなかったので、もしかしたらバンド形態の名前かもしれません。
そして、山下達郎は「リンダ」収録のアルバム『リンダ』の前作『Pink Pussy Cat』では楽曲提供は1曲のみでしたが、アレンジャーとして椎名和夫とともにほぼ全面的に関わっているので、シングル「リンダ」からのフィードバックを竹内まりやのセルフカバーに生かした可能性はありますね。
なお、山下・竹内の結婚は1982年ですが、1980~1981年頃には生活を共にしていたという話もあり、1981年の『Portrait』でかなり大っぴらに竹内の作品に顔を出すようになり、結婚後は全面的にバックアップ並びにプロデュースするようになりました。
それと相反するように、アン・ルイスは桑名と別れ、ロックシンガーのような路線をたどっていくのですが。
なお、竹内まりやも公式YouTubeチャンネルを開設してますが、「リンダ」は上がってません。
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そういえば、PANTAにも「ルイーズ」なんて曲があったような。
次回は「M」または他のネタを書きます。下記のバナークリック、フォローもよろしくお願いします。




















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