カテゴリー「01a Hong Kong」の14件の記事

2022年12月26日 (月)

色違いの出入国スタンプ

陸路・海路の国境越え<2>

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<啓徳空港の出入国スタンプ>PowerShot

こちら、かつての香港の国際空港、啓徳空港(Kai Tak Airport)で押された出入国スタンプです。啓徳空港は香港の中国返還後、1998年に新空港であるチェクラプコク空港ができ、空港としての役目を終えました。

基本的に香港の出入国スタンプの形状はこの形でした。「でした」というのは、近年、出入国スタンプが廃止され、パスポート上には何も残りません。その代わり、イミグレーションでは入国時にパスポート番号と氏名が記入された紙片を渡されます。マカオも同様です。

自分の場合でいうと、2015年の12月に香港からマカオに行ったとき、スタンプは押されませんでした。実施されたのは2013年7月(マカオ)だそうです。

話が長くなりましたが、今回は出入国スタンプのあった時代のケースについて記事にいたします。

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<ターボジェット>K-7/DA21mm

さて、香港・マカオ間の移動ですが、ヘリコプターが1ルート結ぶ以外はすべてフェリーの利用となります。

通常は香港の上環にある港澳嗎頭(マカオフェリーターミナル)とマカオの外港にある外港客運嗎頭(外港フェリーターミナル)を利用するのが普通でしょう。深夜特急の「私」(主人公)も、このルートを利用しています。深夜特急ではマカオに向かうとき、現在とほぼ同じ水中翼船を利用していますが、戻りは普通の船となっています。現在は普通の船は廃止され、噴射飛航(Turbo JET)という、ジェットフォイルが運行されるのみです。

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<マカオ出入国スタンプ>PowerShot

在りし日のマカオ出入国スタンプです。入国スタンプ(上)はつぶれてしまって判読が難しいですが、外港フェリーターミナルでの入国となります。滞在可能日数は香港と違いたったの21日ですね(2000年当時)。現在は香港と同じく90日間となっています。

香港と違い、イミグレーションの場所が明記されています。この他、中国の珠海市との間に2か所行き来のできるイミグレーションがあります。また、内港から珠海市までの船がありましたが、現在は廃止されたようです。もっとも、外国人には解放されていないルートではないかと思いますが。

そして、なんと2018年には港珠澳大橋というものができ、珠海と香港のランタオ島およびマカオを結ぶ「世界最長の海上橋」ができてしまいました。バス移動も可能だとのことです。

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<無料バス>PowerShot

さて、外港とマカオの中心部は離れていますので、一般的にはタクシーを使ったり、ホテルの送迎バスを使ったりしたものです。ですが、外国資本のカジノホテルがマカオに乱立すると、カジノホテルが無料バスを走らせるようになりました。一応、誰もが利用可能ですが、ちょっと離れたところまで行くバスはなかなか来ないんですよね。

マカオで宿泊するのならば、リスボア近辺にとどめておいたほうがいいでしょう。その便が最も多いです。

さて、香港への戻りです。2007年の春の滞在では、尖沙咀のYMCA(現在はYMCAではなく別名のホテルになりました)に宿泊予定だったので、上環のマカオフェリーターミナル(香港島)ではなく、九龍の中港客運嗎頭(チャイナフェリーターミナル)へ向かう船を利用しました。

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<当時のファーストフェリー>MZ-3/FA35mm

こちらは水中翼船ではなく普通の船で時間はかなりかかります。まあ、上環から地下鉄やスターフェリーを使い九龍側に移動することを考えたら、同じくらいの時間でしょうか。

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<船内>RICOH GR DIGITAL

こちらは、自由席。しかも、船内を動き回れるので、いかにも船旅という感じがします。

速度は遅いですが、Turbo JETのような揺れではなくゆったりとしたローリングとピッチングを繰り返します。

そして、尖沙咀のイミグレーションでスタンプを押されます。

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<緑のスタンプ>PowerShot

それがこちら。画像が切れていますが、黒の楕円形がチェクラプコクでの出国スタンプです。中港城(尖沙咀)でのスタンプは緑ということになります。

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<紺スタンプ>PowerShot

同じく上の紺の楕円形が上環のマカオフェリーターミナルでの出国スタンプです。なるほど、香港では出入国地点によってスタンプの色を変えていることがわかります。

でも、現在はスタンプ自体が廃止なので、そういった面の面白味は半減しました。

また、このルートは健在ですが、現在はファーストフェリーではなく、Turbo JETが運航しているとのこと。

そして、その後香港・マカオ間のフェリーのルートはもっと増えました。

まずはチェクラプコクからマカオに直接向かうフェリーができました。この場合、香港は入国扱いにならず、マカオでの入国となります。

また、マカオのタイパ島に臨時客運嗎頭(タイパ・テンポラリー・フェリーターミナル)ができ、上環、尖沙咀とチェクラプコクからそれぞれ便があります。これはコタイ地区に進出した外国資本のカジノホテルがあることからできたものですね。

さらに、新界の屯門と外港を結ぶ便もできたとのこと。こちらは、まず外国人は使わないと思いますが。

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<マカオの夜>K-7/DA21mm

なお、今現在香港入国に関してはちょっと前までの日本の水際対策みたいな感じが取られています。PCRまたは抗原検査が必要。自主観察期間はあるものの隔離はなしです。

マカオは厳しいですよ。何しろ、台湾・香港・中国本土からの入国には規制がかかり、つまりは空路で来いと。入国(入境)時に検査あり。入国後5日間は毎日抗原検査を実施し、結果をアップロードせよとあります。

こりゃ、せっかくのカジノが閑古鳥ですな。

とはいえ、中国自体がゼロコロナ政策をやめたというか、放棄してますので、今後あっちゅう間に大陸の中国人が以前のように世界中に出ていくなんてこともなくはない…。

ま、個人的には香港とマカオには当分行かないと思いますが。

<2022/12/27追記>
その後、facebookで情報が寄せられました。香港のスタンプですが。

「黒」は空港(かつての啓徳空港と現在のチェクラプコク空港)。

「紺」は上環(マカオフェリーターミナルとヘリポート。ヘリポートもマカオフェリーターミナルの上階にあります)。

「緑」は尖沙咀(中港城および公海上をクルーズする巨大カジノ船)。

もうひとつ、「赤」があったそうです。九広鉄路の羅湖または落馬洲から深圳に抜ける場合。あるいは直接広州にアクセスする列車などでは車内かあるいは始発のホンハムでスタンプが押されたと思われます。

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2019年7月29日 (月)

キャセイパシフィック航空

かすてら音楽夜話Vol.65

次の旅も徐々に迫ってまいりました。

もう旅程も発表しちゃいましたし、ついでなんで航空会社も発表しましょうか。キャセイパシフィック航空となります。

キャセイは意外と使っています。初めて利用したのは1998年のことで、ネパールに行くのに、香港までキャセイになりました。この時はまだまだ旅の手配に慣れていませんで、フロンティア旅行、秘境旅行、特殊旅行専門の神田にある某旅行社に依頼しました。Luntaさん、お馴染みのあそこです。

香港からは当時のロイヤルネパール航空(現ネパール航空)乗り継ぎです。で、香港まではJALとキャセイどちらにしますかと問われ、まだ乗ったことのないキャセイにしたんです。キャセイはまだ日本の航空会社には導入されていなかったボーイング777型機を使用していて、新鮮な気分でしたね。

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<キャセイの翼>K-7/DA16-50mm

それからたまに使っています。香港-フィウミチーノ(ローマ)、シャルルドゴール(パリ)-香港、香港-デンパサール往復、香港-クアラルンプール、スワンナプーム-香港などなど。

成田から香港経由でスワンナプーム往復も2回ほど。このルートで一番効率のいい便に乗ると、香港での乗り継ぎが1時間切っている場合が多いです。それでも、香港到着時にバンコク行きの乗客は優先的に出ることができて、キャセイの係員の誘導で素早く乗り継ぐことができるんです。預けた荷物もきっちり出てきます。かなり早朝の便ですが、夕方にはバンコクに着き、おいしいタイ料理の夕食を味わうことが可能ですね。夏だったら日も暮れてませんよ。

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<香港国際空港>K-7/DA16-50mm

結構わかりやすい空港です。とはいえ、ターミナルは3つくらいあるのかな。それこそゲートは100以上ありますね。空港内の飲食店はさすがに香港の味なんですが、いかんせん物価が高いです。

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<雲吞麺>GR DIGITAL

いくらか忘れてしまいましたが、1000円程度するような。ま、街に出ればその半分程度で済むと思いますが。

ちょっと最近はキャセイとご無沙汰だったんですが、一番最後に乗った2015年にはキャセイなのに香港人ではない人民共和国の中国人が多数、乗っていることに気づきました。なんでわざわざと思いますが、この頃、キャセイドラゴン航空(旧香港ドラゴン航空)を傘下に加えたんですね。

キャセイは中国本土に飛んでないのですが、この子会社が中国本土に路線を多数持っていたんです。で、同じアライアンスですから、ちょっとした小金持ちが中国のエアラインではなく、キャセイを使うかという流れになってきたようです。

ちなみにワタクシも香港-クアラルンプールはキャセイドラゴン利用です。

ところで、キャセイパシフィック航空にはテーマ音楽があることをご存じでしょうか。

 

多分聴いたことがあるのでは。Barry White & Love Unlimited Orchestraで「Love's Theme(邦題・愛のテーマ)」でございました。

この曲インストゥルメンタルなんですが、なんとビルボード週間シングルチャートで1位を記録しています。たったの1週でしたが。そのほか自らが歌った「Can't Get Enough Of Your Love, Babe」でも1位を獲得しています(1週のみ)。

「愛のテーマ」なんて、紀行番組でやたらとつかわれてますよね。1位がたった2回だけでも、印税収入すごいでしょうね。今でもどこかで流れているからなぁ。でも、バリー・ホワイトは2003年に腎臓障害でお亡くなりになっています。

さて、昨日、e-ticket、列車のチケット、宿の予約確認書などをようやく印刷しました。一時なぜかプリンターが作動しなくなりましたが、これはちょっと前に交換した無線LANが原因で、前のやつに換えたら認識してくれました。WiFiで印刷できていいんですが、USB接続でいつもできたほうがいいですね。今度手に入れてきましょう。

さて、出発まであと数日。記事は毎日は書かないと思いますが、あといくつかは上げる予定です。

 

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2018年5月 6日 (日)

かつ丼食べ比べ

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<バンコク>K-7/DA21mm

前回ラーメンを登場させましたが、今回はかつ丼です。

自慢じゃありませんが、海外に行くとなぜかかつ丼(卵とじのやつ)を食べたくなるという傾向がありまして、困ったものです。

多すぎて困っちゃうくらいですが、色々比較してみましょう。

タイ編

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<やよい軒>GR DIGITAL

たびたび登場するやよい軒ですが、ワタクシがもっぱら行くのはチットロムのBIG C会場にある店です。ただ、この画像はウドンタニーのセントラルプラザ上階にある店です。ま、チェーン店なので内容が変わるはずはないのですが。

昨年の時点でかつ丼単体で77バーツです。激安といっていいんじゃないでしょうか。ご飯の量もかつもたっぷりです。卵のとじ具合もいいですね。やよい軒の日本人スタッフがタイ人にも理解できるマニュアルを用意してますね。あるいは、かつの部分は冷凍ということも考えられますが、美味しいです。

そして当然なんですが、ご飯も日本米ですよ。

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<昨年のやよい軒>GR DIGITAL

この画像も同じくやよい軒なんですが、丼ではなくお重タイプに変わってました。味は同じですよね。こちら、ノンカイのテスコロータスにあった店です。

ノンカイの宿は周囲に何もなくて、ようやく食事にありつけるのがここでした。最初の画像とかつの色具合が違いますが、店内の照明の違いだけだと思います。

まあ、100バーツ以下で食べることができますが、例によって飲み物が必要です。

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<アイス緑茶>GR DIGITAL

この緑茶が20バーツでして、足りなくなると注ぎ足してくれるという飲み放題です。合わせて100バーツくらいですので、きわめてリーズナブルかと。

ここ、メニューに日本語が併記されていて、ウドンタニーだろうがノンカイだろうが、日本語で注文が可能です。とはいえ、店員が日本語に堪能というわけではなく、メニューに載っているものだけは理解しているとお考え下さい。「かつ丼、カー」と応じてくれるはずです。

味噌汁も当然、漬物も付きます。

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<卯月>GR DIGITAL

アンバサダーホテルのあるスクムウィットソイ11にあった店です。日本料理だけで勝負していましたが、もともとはグランドプレジデントというサービスアパートメントに併設されていた店です。

ところが、グランドプレジデントが改装するとともに閉店になりました。残念です。

あまり卵がかつに絡んでない感じがしますが、かつの煮込まれ具合はいうことなく、美味しいです。当然ながら味噌汁おしんこ付きです。まあ、ここも、駐在員向けかな。やよい軒の倍近くするんじゃないすかね。しかも、駐在員向けってことは生ビールなんかも置いてありますから、もっとかかりますね。

どこかでやっていたらまた食べに行きたい味です。

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<家族亭>GR DIGITAL

ここも、チットロムのBIG C上階にあった店です。親会社はあの、OISHIです。BIG Cのフードコート周辺の店ですが、ほぼOISHI系が独占してまして、SHABU SHIやSUKI SHIがあります。

かつの卵との絡み具合もいうことありません。もちろんご飯も日本米です。だが、圧倒的に量が少ないです。値段はやよい軒と同じくらいかやや高めでした。飲み物で一番安いものを頼むと当然のように、OISHIのペットボトルのお茶を持ってきました。

もう絶対入らねーと思っていたら、結局淘汰されたようで、タイからは消滅したようです。

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<Fujiレストラン>GR DIGITAL

ここ、初めて入りましたが、やよい軒に匹敵するほど正統派のかつ丼です。かつ丼150バーツですが、やっぱり飲み物が当然かかりますね。また、やよい軒はVATが内税ですが、Fujiレストランは必要になりますので10%程度原価より上がります。でも、美味しいです。

ちなみにタイのVATは飲食店で付加価値税のように付くことが多いです。ついていないところは内税と考えていいようです。

屋台なんかはそもそも税金を払ってないというか、まったくつかないと考えていいでしょう。デパートやスーパー、コンビニも内税のようですが、一般商店よりもやや高いみたいです。

カンボジア編

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<Guru Mother Cafe>GR DIGITAL

シェムリアップの隠れた日本食レストランです。基本ドル建てなので、高いですよ。

見た目は独特ですよね。でも、美味かったです。バンコクであるなら、規模の大きい店であるなら、日本米も簡単に入手できるでしょうが、個人経営ですから、その点は苦しそうです。

おそらく、インディカの中でも日本米に近いもので代用しているかと。その分、かつは分厚く、食べ応えがあるんじゃないでしょうか。

また、シェムリアップに行くことがあったら一度は顔を出しておきたいです。

香港編

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<札幌>GR DIGITAL

いくらでも美味いものがあるというのに、泊まっていた北角で日本料理の看板を見かけ入ってしまいました。

紅しょうがは最初からかかっていましたね。かつ丼もレシピ通りなのかもしれませんが、かつの煮込みが足りません。

広東料理、というか、香港の調理人って放っておくと味がどんどん薄くなっていくそうです。なんか物足りない味でした。

もう香港でのかつ丼調査はいいかな。ロンドンでも食べましたが、もう結構ですね。やっぱりバンコクが一番かな。

2018/05/07一部追加しました。

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2018年4月20日 (金)

スターフェリー

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<尖沙咀プロムナード>K-7/DA21mm

香港いいですよね。というか、まだ夏の予定も決まらず、行けるとしても3ヶ月以上も耐え抜かなくてはいけないワタクシとしては、旅心を掻き立てる写真はどこだっていいんですが。

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<天星嗎頭>K-7/DA21mm

こちらは香港島、中環側のスターフェリーピアです。といっても、建物だけが残っていて、この脇あたりからスターフェリーは頻発しています。

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<クルージング中>K-7/DA21mm

所要時間9分だそうで。尖沙咀-中環の場合です。あっという間ですね。とはいえ、出航するまでしばしの時間があるので、待ち時間も入れて15分程度はみておいたほうがいいです。旅情も沸き上がりますよね。

あの沢木耕太郎氏もスターフェリーに何度も乗り、船内でアイスクリームを食べることを至福としていました。まあ、当時も今も安いもんな。

とっくの昔にヴィクトリア湾には海底トンネルができて、スターフェリーに乗り換えることなくMRTで行き来ができるようになりました。でも、スターフェリーの需要はまだまだあります。ワタクシも時間に余裕があるので、ほとんどスターフェリーに乗り換えて行き来します。

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<緊急用浮き輪>K-7/DA21mm

スターフェリーのすべてに味がありますね。ワタクシもスターフェリーでヴィクトリア湾を航海する時が一番香港を感じたりします。

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<係留用ロープ>K-7/DA21mm

チャオプラヤーエクスプレスほど小さくない船ですが、このロープは出港時と入港時に必ず受け渡しされてしっかりと結ばれます。

バンコクの運河ボートとかチャオプラヤーエクスプレスでは係がロープを携えたまま船着き場に飛び移ってひとりで巻き付けとほどきを行うんですが、スターフェリーでは相手にロープを投げて二人でその動作を行います。

10分間に2回。ですが、これを1日何回行うのか。結構重労働です。イギリス植民地時代に創業したスターフェリーで船員もセーラー服を着用していますが、船員自体はかなり高齢化が進んでいるようです。

この動きを見ているだけでもスターフェリーに乗る価値があると思いますよ。動画も撮っておけばよかったかな。

さて、代々木公園でのタイフェスティバルいよいよ近づいてきました。我々ヤムの会は5月12日(土)に集結いたします。なんともう、7回目ですね。飛び入り歓迎です。公園内のどこかにいますよ。ラミネート処理されたPUNCHの画像を見かけたら我々だと思ってください。

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2017年7月20日 (木)

香港の沢木氏ダイジェスト

深夜特急の足跡を追うVol.27

ますますネタがなくなってきました。枯渇の一歩手前です。

古い写真でひとつひねり出しました。

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<ロールスロイス>K-7/DA21mm

香港はその面積の割りにロールスロイスなど、希少な超高級車が頻繁に目撃できるところです。人口比にして台数がかなり多いらしいです。それだけ破格の金持ちがたくさんいるかららしいですが、中国が介入してきてその構図は変化が出てきましたかね。

余談です。やはり超高級車を製造するイタリアですが、街中でフェラーリ、ランボルギーニ、マセラッティなどほとんど見かけることはありません。

で、こういうクルマが止まっているところは、泣く子も黙るペニンシュラなんです。

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<ペニンシュラ>K-7/FA50mm

何たってホテルという名称がつきません。「The Peninsula」。ただそれだけです。不遜すぎます。

シンガポールのラッフルズもペナンのイースタン&オリエンタルもホーチミンのマジェスティックも「ホテル」が付くんですよ。「ホテル」が付かなくとも、バンコクのマンダリン・オリエンタルなんかは複数の言葉で名称が成り立ってます。同じようなところはバンコクのスコータイだけかも。「The」も付きませんね。

さて、ここで沢木氏はレセプションに近づき香港の地図をもらいました。一応、「フリー?ただ?」ときいたところが旅の第一歩である香港ともいえましょう。

1年以上もの長旅に出るのに、ガイドブックがありません。あるのはアジアやヨーロッパの地図が数枚。ま、考えてみれば、当時のガイドブックは使い物にならないし、それも全部用意するとなると、とんでもない荷物になりますから、至極当然ですね。

さて、ここはロビーでアフタヌーンティを頂くことができます。ワタクシも不遜にも頂いたことがあるのです。凄く前だったので、値段は忘れました。今なら数千円単位するんじゃないでしょうか。もったいない。

そのロビーにいると、オーケストラがバロック音楽などを流します。CDなどの効果音ではなく、ロビー上部にあるテラスのようなところで実際に楽器を持った人たちが演奏をしているのです。アフタヌーンティを頂くところからは見えませんが、ある角度からは手の動きなどがわずかに見て取れます。

いやー、なんて不遜なところなんでしょう。泊まってみたいけど、絶対泊まらないでしょう。

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<YMCA>K-7/DA21mm

こちらは、そのペニンシュラの隣にあるYMCAです。重慶マンションに1泊した沢木氏はここで1泊の値段をきき、どうしようかと思っていると、欧米系のバックパッカーから部屋をシェアしないかと提案されます。

でも、結局は泊まることはありませんでした。

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<YMCAのレセプション>K-7/DA21mm

YMCAと名乗りながらも、相当なホテルです。おそらく世界各地にあるYMCAの中でも最も高額なのではないかと思います。

YMCAはかつて油麻地にもありました。そちらの方がこの尖沙咀のYMCAより安く、手軽に利用できました。ワタクシも2度ほど利用したことがあります。でも、そちらはYMCAであることをやめて、普通のホテルに変わり名称も変更されています。

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<路上で文字を書く人>K-7/DA21mm

重慶マンションのあたりには、路上にチョークで美しい文字を書く物乞いがいたそうです。

ここは香港島の巨大歩道橋の一角です。もちろん直接文字を書いてしまったら、排除されてしまう可能性があり、この人はシートの上で文字を書いています。

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<廟街>K-7/FA50mm

沢木氏はここに偶然入り込み、入り浸ることになります。大沢たかおもロケをしていました。沢木氏の時代は香港のガイドブックには「危険なので行くべきではない」などと書いてあったそうです。

まあ、まともに取材していない証拠ですね。当時は健在であった九龍城の方が無法地帯で黒社会の人たちが跋扈していたはず。

沢木氏はおそらく1ヶ月以上香港に滞在していたようですが、新界方面には行かなかったようです。

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<アバディーン>K-7/DA21mm

そのかわり、香港島の香港仔に行き、水上生活者の子供たちと遊んだりしました。今は再開発され、面影もありません。

26歳でしたから、毎日が発見、毎日が驚きだったんでしょうね。

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2017年5月21日 (日)

恋する惑星

かすてら音楽夜話Vol.41

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<チョンキンマンション>K-7/DA21mm

古い話になりますが、香港を初めて訪れたのは1994年ですから、二回り以上昔のことになります。

そのときは香港から昆明に飛び、シーサンパンナと大理を回るツアーに参加したのです。香港には行き帰りとも1泊ずつしました。帰りの便は午後でした。ツアーだったので空港へのアクセスなど考える必要もなく、昼近くまで暇です。

ツアーですからほとんど金を使わなくて、余った香港ドルで何かを買おうとしていました。そこで、ホテルの裏手にあったCDショップに行くと、なかなか心地よい女性ヴォーカルが流れてきて、店員にたずねると出してきたのが、王菲(フェイ・ウォン)の『胡思亂想(夢遊)』というアルバムでした。

迷わずに購入しましたが、帰ってパッケージを開けてみても写真はいっさい使われていませんでした。CDジャケットも繁体字のタイポグラフィのみで、シンガー王菲なる人物がどんな人なのかよくわかりませんでした。アルバムじたいは優れた出来で満足しましたが、まったく情報がありません。

その後、香港に関する雑誌などを購入し、王菲なる人物がどんな人なのかを探る迷宮に入り込みます。わかったことは北京出身の香港移住者で、以前は王靖雯(シャリー・ウォン、最後の文字は雨かんむりに文)の芸名で数枚のアルバムを出していたことがわかります。

そこですかさず近所のCDショップやタワーレコードなどに通い、アルバムを収集しました。合計7~8枚持っていると思います。

まさに尖沙咀の外れのCDショップで流れていたのがこの曲です。

購入当時はこの曲がクランベリーズのカバーであることや、映画「恋する惑星」(原題:重慶森林)の挿入歌であり、王菲自身もその映画に出演していることなど知りませんでした。

でもだんだんわかってきたんですけど。

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<ミッドレベルエスカレーター>K-7/DA21mm

映画の舞台はチョンキンマンションで、中環にあるミッドレベルエスカレーターも登場します。

金城武もこのあたりからブレイクしましたね。

行き帰りたった2泊の香港でしたが、J-POPの曲を広東語でカバーする人たちもいることも発見しました。今はなき啓徳空港で、竹内まりやのカバーのカセットテープを発見したり。

王菲も中島みゆきのカバーをうたっていたりしますが。

その後王菲は活動が停滞していきました。でも、広東語のアルバムの売り上げ世界一らしいですよ。

あれだけのめり込んだのだから、耳で覚えてカラオケで歌えるようになっていたら、今つきあっている人脈も変わっていたでしょうね。

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2014年4月20日 (日)

旅はまだまだ終わらない

深夜特急の足跡を追うVol.11

香港乗り継ぎのキャセイだったもので、帰国便は午前ということになりました。チケットはe-tourでのネット販売だったのですが、なぜか香港での乗り継ぎ時間が大幅にあるものを選択していたのです。

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<香港国際空港>K7/DA16-50

まあ、自分で選んだのですけどね。成田で尋ねると、本来この航空券には香港の空港の使用料が含まれていないものの、それをチェックするものがないため、数時間であろうが、香港の観光ができるとのことでした。

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<手に入れた香港ドル>K7/DA16-50

預け荷物は空港にあり、ほぼ手ぶらでイミグレーションに向かいます。怪しまれることなく無事通過。50USDを両替。370香港ドル(以下HKD)くらいになりました。次はエアポートエクスプレスに乗ります。

まだ、エアポートエクスプレスの香港站まで行ったことがなかったので、それの往復を購入。100HKDでした。到着は中環のあたりで、雲呑麺くらい食べてこれたらなと思っていました。

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<入国スタンプなし>K7/DA16-50

車内でパスポートをチェックします。スタンプのかわりに紙片がステープラ止めされています。いつからこうなってしまったのでしょうか。

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<中環>K7/Da16-50

香港はある程度の土地勘があると思っていたのですが、6年ぶりとなるとまるでわかりません。せいぜい、香港サイドのフェリーターミナルまで来るのが精一杯でした。これは近いうちに香港探索が必要です。

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<スターフェリー乗り場>K7/DA16-50

 十セントの料金を払い、入口のアイスクリーム屋で五十セントのソフト・アイスクリームを買って船に乗る。木のベンチに坐り、涼やかな風に吹かれながら、アイスクリームをなめる。対岸の光景はいつ見ても美しく、飽きることがない。放心したように眺めていると、自分がかじっているコーンの音がリズミカルに耳に届いてくる。このゆったりした気分を何にたとえられるだろう。払っている金はたったの六十セント。しかし、それ以上いくら金を積んだとしても、この心地よさ以上のものが手に入るわけではない。六十セントさえあれば、王侯でも物乞いでも等しくこの豪華な航海を味わうことができるのだ。
 六十セントの豪華な航海。私は、僅か七、八分にすぎないこの乗船を勝手にそう名付けては、楽しんでいた。
(沢木耕太郎「深夜特急」より引用)

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<九龍をかいま見る>K7/DA16-50

そう、フェリーで尖沙咀まで行けば、簡単に雲呑麺が食べられるでしょう。ですが、そうしませんでした。何か、僅かではありますが、違法的な手段でここまで出てきたことがためらわせたのかもしれません。

ヴィクトリア湾も見られたことだし、いつかまた来ることにして、空港に帰りましょう。

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<飲茶の店>GR DIGITAL

とがめられることもなく、無事空港内に戻りました。出発階にはフードコートもありますが、異様に乗客が多く、比較的空いている飲茶の店に入ったのですが、これが失敗。麺はすでに時間切れ。

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<牡蠣のお粥>GR DIGITAL

まあまあの味だったんですがね。なんと、サービス料込みで108HKDもしました。この空港、全体的に高いです。物足りないので、再びフードコートにチャレンジです。奥の方が僅かに空いてきたのです。

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<やっとありついた雲呑麺>GR DIGITAL

こちらも、48HKD。まあ、街の水準は保っていたものの、これだけ高額だとやっぱり、街で食べてくればよかったなと思いました。

なんか最後は無理矢理「深夜特急」と結びつけてしまいましたが、ご容赦を。さあ、これで、昨年夏の旅のレポートをすべて終了させてもらいます。長々とお読み頂き、ありがとうございました。

次回よりは小ネタを見つけながら、アップしていきます。

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2013年8月24日 (土)

マレー半島北上

本日の朝の便で戻って参りました。例によって今回の旅の概略です。

  • 2013/08/01 成田-香港
  • 2013/08/02 香港-クアラルンプール-マラッカ~マラッカ泊
  • 2013/08/03 マラッカ泊
  • 2013/08/04 マラッカ-クアラルンプール~クアラルンプール泊
  • 2013/08/05 クアラルンプール-イポー~イポー泊
  • 2013/08/06 イポー泊
  • 2013/08/07 イポー-バタワース-ジョージタウン~ジョージタウン泊
  • 2013/08/08 ジョージタウン泊
  • 2013/08/09 ジョージタウン泊
  • 2013/08/10 ジョージタウン泊
  • 2013/08/11 ジョージタウン-クアタウン~クアタウン泊
  • 2013/08/12 クアタウン泊
  • 2013/08/13 クアタウン-サトゥーン-ハジャイ~ハジャイ泊
  • 2013/08/14 ハジャイ-プーケットタウン~プーケットタウン泊
  • 2013/08/15 プーケットタウン泊
  • 2013/08/16 プーケットタウン-ラノーン~ラノーン泊
  • 2013/08/17 ラノーン泊
  • 2013/08/18 ラノーン-プラーンブリー-フアヒン~フアヒン泊
  • 2013/08/19 フアヒン泊
  • 2013/08/20 フアヒン-バンコク~バンコク泊
  • 2013/08/21 バンコク泊
  • 2013/08/22 バンコク泊
  • 2013/08/23 バンコク-香港
  • 2013/08/24 香港-成田

マラッカから徐々に北上してのバンコク。マレーシアでは西海岸とペナン、ランカウイ。ランカウイからタイのサトゥーンに船で向かい、プーケット、ラノーンとアンダマン海側からフアヒンへと。そしてバンコクという旅でした。

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<マラッカ川>K7/DA16-50

マレーシア入りしたのはクアラルンプールですが、最初にここで泊まってしまうとマラッカ日帰りか、宿泊するにしても往復の時間がもったいないため、直接マラッカ入りしました。KLIA(クアラルンプール国際空港)からマラッカ直行バスというもくろみははずれてしまいましたが、まあよしとしましょう。

そして、イポー。こちらもマラッカから直接行かなかったのは、クアラルンプールのチャイナタウンで前回堪能できなかったB級グルメと、クアラルンプールからイポーへの列車に乗りたかったからです。

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<ペナン水上集落>K7/DA16-50

そして、ペナン。ここは、前回も3泊していますが、十分にB級グルメを味わえていないことと、ジョージタウン以外に出かけていなかったため。

ランカウイはちょっと興味があったことと、海路でタイに入りたかったためです。

プーケットはプーケットタウンに宿を取り、旧市街歩きをしたかった。ビーチはまあ付け足しです。

プーケットからフアヒンへの直行便もあったのですが、かなりの長時間移動となってしまうため、ラノーンに立ち寄りました。他のスラタニーやチュムポーンという手もあったのですが、スラタニーは何もないらしいし、チュムポーンは前回泊まっているので、ラノーンだったのですね。

そして、フアヒン。バンコクから近いのに、なかなか行けないため、ここは訪れようと思っていました。

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<フアヒン、カオ・タキアップのビーチ>K7/DA16-50

フアヒンでの目的は、ここでもビーチでもシーフードでもなく、プルーン・ワーンという、レトロな店舗の集合体を訪れることでした。

そして、バンコク。最後に3泊と、ゆっくりしました。そして、サームチュックの百年市場とクレット島を訪れることができ、目的は達成です。

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<香港島より九龍を望む>K7/DA16-50

オープンジョーのクアラルンプールin、バンコクoutのチケットをネットで購入しました。それは、マラッカに早い時間帯に入るため、キャセイの香港深夜乗り継ぎというものでしたが、戻りのチケットを選択するとき、香港で時間をかけるものがあったため、これを選択。うまくいけば、香港で雲呑麺くらい食べてこれるのではないかと。

出発時にチェックインカウンターで確認すると、本来は入国税を払っているチケットではないのでできないが、それをチェックするところが何もないので、できますよとのこと。ということで、短時間ではありましたが、香港に入国もしてきました。まあ、中環のフェリー乗り場当たりをぶらついただけでしたが。

マレーシアとタイを比較するとこんな感じでしょうか。
旅の言葉:マレーシアは屋台のおじさんまでもが簡単な英語を話す。タイはちょっと厳しいが、簡単なコミュニケーションを取るくらいなら、問題ない。

食事:マレーシアは美味いものが多い。ただし、席数が限られていて、人の多いところはなかなか席にありつけない。ラマダンが重なっていたというのも、関係ありそう。タイは席はかなりの確率で確保できる。そして物価が安い。味はいいところを見つける必要がある。

交通:マレーシアは都市間があまり離れていないので、短時間での移動が可能。地方都市ではタクシーは交渉性。タイ南部は長距離移動を強いられる。特に南部ではタクシーがない。

今回雨季でしたが、ラッキーなことに本格的な雨に遭遇したのは1回のみ。後半移動が多くなり、なかなか写真を撮れない状況に陥りましたが、昨年並みには撮れていると思います。これから画像の加工を行うので、レポートはやや遅れがちになるかもしれませんが、まあ頑張ります。

それから、100件以上に渡るコメントありがとうございました。

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2011年7月 3日 (日)

ザビエルと「ざびえる」

今回はザビエルのお話。先日お世話になった、trintrinさんからのリクエストにおこたえして、強引に記事にしてみます。

フランシスコ・ザビエルはスペインの貴族出身で、長じてイエズス会創始者のひとりとなり、ゴア、マラッカを経てはるばる日本まで布教活動をした。スペインといっても、当時は統一前のナバーラ国の人だったらしい。

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<マラッカ>MZ-3/FA50/RVP F

ザビエルの足跡を追うことでそれはひとつの長大な旅行ができるはずだが、無理なことなので、自分が訪れたところでザビエルと関係するものを紹介していってみようかと思う。

ゴアでは日本人のヤジロウ(またはアンジロウ、洗礼名アンジェロか)と出会い、彼を水先案内人として日本まで…。

マラッカには、一時ザビエルの遺体が安置されたという、セント・ポール教会がある。今ではすっかり朽ち果ててしまい、天井もないところだが、「劇的紀行~深夜特急'96 熱風アジア編」では、マラッカに到着した大沢たかお(沢木耕太郎役)が、タクシーを降りて即座に夕陽を見に駆け上ったのがここである。ザビエルの像もあるが、あまり似ていないような。

また、近年建てられたセント・フランシス・ザビエル教会もあります。ここには、ザビエルとヤジロウの像もあり。

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<サン・フランシスコ・ザビエル教会>GR1s/GR28mm/EBX

マカオは1999年の12月までポルトガル領であった。実はマカオもマラッカもザビエルが布教活動の拠点としていたはっきりした記録はないのだが、その名前を冠した教会は残っている。黄色い壁が印象的で、まるでポルトガル本国にある片田舎の小さな教会みたいな感じだ。

また、聖パウロ天主堂跡にも、ザビエルの肖像画や像が残っている。

そして、日本に渡ったザビエルは2年の滞在の後、離日しその途上で亡くなってしまう。失意のうちの日本滞在のようだったが、ザビエルの名は至る所に残っている。自分が訪れたことがあるのは、山口市にあるサビエル堂。そのほかにもあるようだが、よく知らない。

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<ざびえる>GR DIGITAL

ザビエルは京から山口へと拠点を移しつつ、布教するが、日本での最後の布教の地が大分であった。ま、それはこの間のオフ会でかめちゃんから頂いた「ざびえる」という南蛮菓の裏に書かれていたことで知ったようなものだけど。

バターとラムレーズン。けっこうはまるかも。

ちなみに、ザビエルの遺体は今でもゴアにあるらしいが、腕などが刻まれて、ローマ、リスボン、ポルトなどにもあるとのこと。なんでも、聖パウロ以来もっとも信者を増やしたということで、ザビエルはローマ・カトリックの聖人に配されているのだ。

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2008年5月22日 (木)

キャット・ストリート

香港島に出かけ、ヒルサイドエスカレーターからキャット・ストリートへ。骨董からがらくたまで揃う通り。大陸では出会えないような満面の笑みを浮かべた老人が出迎える。

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<キャット・ストリートの老人>GR1s/28mm

おそらくはこの固定式屋台の店主なのだろう。売り物は、古い扇風機にこれまた古いタイプライター。ヤカンやそろばんまでがあることがわかる。

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